ザ・怪奇ブログ

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虹色の丘 15

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  夕食もかたずけ終わり、私はインスタントのコーヒーを飲むため
お湯を沸かしていた。なにはともあれコーヒーでも一杯飲みたい気分
だった。


 お盆にのせ部屋に戻ると、各自バラバラにくつろいでいる。と、い
っても本当にくつろいでいる者は一人もなく、それぞれこれから何が
起きるのか?見えない不安に包まれていたのだ。

 私はコーヒーを全員分入れながら、皆の様子をちらちらと窺ってい
た。裕は部屋の奥で自ら持ち込んだ地図を広げて、鉛筆で何やら書き
こんでいる。今日の朝方、まだ私が目を覚ます前に何やらバックに
詰め込んでいたのを思い出す。


 和美は木の椅子にあぐらを掻いて座り、テレビを見て時おり笑ってい
た。その手にはチャンネルがしっかりと握られている。そういえば和美
はこっちに来て、何か思い出したことがあるだろうか?


 携帯でどこかに電話しているのは大樹だ。彼は奥さんと子供がいると
のことなので、電話は家族だろうか?彼は初めに再会した時から今まで
、特にこれといって問題はおきていない。同じクラブの仲間でも、私や
智佳子との違いはどこにあるのだろう?

 

 そして智佳子の様子を見ると、彼女は今、カーテンの隙間から暗い外
を見ていた。

「チコ、どうしたの?」
「うん、外を見てたの。ほら、あの電線の所見てちょうだい。」

 私は智佳子の隣で、言われる通りに暗い外の電線を見た。電線の上に
鳥が二羽止まっていた。ほとんど身じろぎもせず、こちらを凝視して
いる。

「昼間見たときもあそこにいたの。ずーとあそこからこっちを見ている
のよ。なんだか気味が悪いわ…。」
「でも、別に鳥なんて珍しい事じゃないんじゃない?」

 そう言った私のすぐ後ろに裕がやってきて言った。

「…いや、鳥は鳥目っていうくらいだから、こんな時間に電線にはとま
っていないはずだよ。」

 それを聞いて私も、電線にとまりじっとこちらを見つめている二羽の鳥
を見ているうちに何か得体のしれない恐怖が這い上がってくる気がした。

 

「…あ、それよりも私、あの丘を見てみたいわ!」

 思い出したように智佳子が私に言った。ここに来る前に智佳子が最も重要
だと考えていたことである。そもそも発作の原因は、あの丘の絵を見た事
からだった。その後も智佳子はあの丘の夢を何度も見ている。


「虹色の丘……よね?」
「そう、虹色の丘よ。裕くんの書いた絵には色がなかったけど、夢の中で
見た丘はたしかに虹色だったの。」

 その虹色という言葉に私はなんともいえない奇妙なものを感じた。そう
いえば、私が水たまりに怯えて逃げ出した時も、虹色に油が広がっていた
のではなかったか?でも、どうしてそんなもので発作が起きるのだろう?
普段虹や、油なんか見たところで恐ろしくもなんともないのに。

 

「…私もうひとつ思い出した事があるの。結ちゃん、ちょっと前に何人か
でご飯食べに行ったじゃない?」
「ああ、龍之介くんも来てた時のことね。それが?」

 智佳子は腕組みをしながら考えるように話した。病院から連れ出してこ
ちらに来てからというもの、智佳子はどんどん顔つきが変わってきている。
やはり思い出す事で、恐怖のようなものが溶けていってるのだろうか?

「私、あのときお刺身を食べようとしてたの。小皿にお醤油を入れて…
ワサビを溶かそうとしたのよ。そしたら醤油の中に油が…」

 私はそれを聞いてあの水たまりの油を思い出す。きっとそれと同じもの
を智佳子も頭のどこかに記憶しているのだ。

 

「…とりあえず、どんなことでも思い出しましょうよ。ここに来た事はや
っぱり記憶を取り戻すには良い事なのよ。きっとね!」

 私はそう言って外に向かう支度を始めた。例の丘はここから近いとはい
え歩いてはいけない。しかも外はすでにまっ暗である。

「ああー、それで一つ思い出した事があるんだが…」

 それまで黙っていた大樹がぼそりと言った。私たちは皆で大樹の言葉を
静かに待つ。

「実は…少し前になるんだが、あるキャバレーで和美ちゃんの姿を見たん
だが…」
「あ、それみんな知ってる。」


 そう言うと私たちは素早くペンションの玄関に向かって歩きだす。大樹は
頭をかきながら皆のあとを追った。

 

 

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 電灯の光もないペンションの外に出て、私たちは大樹のワゴン車に乗り
込む。なぜか運転席には和美が乗っていた。

「おい、君が運転するのか?これまだ新車なんだが…」

 後部座席に乗り込んだ大樹が心配そうに言った。ワゴンはエンジンがか
かり、ペンションのガレージからバック状態で動き出す。

「心配御無用。ワゴン運転してみたかったのよね…あっ。」

 ゴリッ!という凄い音がしてワゴンが石のようなものに乗り上げた。中
の私たちは弾むような衝撃を受け、智佳子が笑い声をあげる。

「楽しい!」
「おいおい、新車だって言ったばかり…」

 大樹は青い顔で運転席の和美に身を乗り出して言った。

「細かいこと気にしなさんなって社長!じゃ、いきますよ?」

 和美はエンジンを吹かして、ワゴンを乗り上げた石から無理やり脱出を図る。
タイヤの下でごりごりという激しい音を立て、車はガレージを抜けだして
まっ暗な闇の中を山のふもと目指して走り出した。

 丘に向かう途中、車の中で私たちは何が起きているのかを話し合う。
今のところ問題となるのは、私たちの発作と記憶の欠如、それに行方知れず
の仲間二人であった。そして二十年前の炭鉱事故で見つかった三人の作業員
が白骨化していたという奇怪な出来事…。しかもその洞内に私たちがいたか
も知れないという事である。これらの事はいずれも繋がり合うのだが、一つ
分からないのが今も行方知れずの二人だ。

 これまでの事は全て過去に起きた事柄に関連している。私たちの発作も無
くした記憶も全部過去の出来事なのだ。だが二人の失躁は今も起きている何
か?であるかもしれない。そしてさらに奇妙なのは四〇年前と六〇年前にも、
同じような行方不明事件が起きているということだ。これは何を意味して
いるのか?

 

「…仮に、僕達があの炭鉱内で骸骨になった三人を見たとしよう。子供の
僕たちは恐怖のあまり記憶があいまいになったり、悪夢を見るようになっ
ても不思議じゃない。」
「そうね。まして友達のお父さんですもの…ショックで口がきけなくなっ
たり記憶が飛んだりするかもしれないわ。」

 裕の言葉を受けて私がつけたして言った。実際、私たちはメガネのお父
さんを捜しに、炭鉱内に潜り込んだだろう。そして見るも恐ろしい姿の彼
らを見つけて…。


「だけど、それなら何故、僕達の恐怖の対象が骨になった彼らではなくて、
水たまりの油だの、虹色の丘だのになるんだろう?そもそも、衣服が燃え
ていないのに、たったの三日で白骨化するっていうのは聞いたことが無い
よ。」
「何かの動物とかは?」

 和美が後ろをチラリと見ながら言った。

「ここいらは、大型の動物たとえば熊とかは生息していないんだ。しかも
洞窟の奥深くまで潜れる動物はそうそういないよ。僕らが遊んでた頃は野犬
が出たなんて事もなかったしね。」

「…その白骨の話を聞いてから、ずっと考えていたんだが…」

 腕を組みながら考えていた大樹が言った。そういえば昼に私が記憶喪失の
話をしている時から、大樹は何かをずっと考えていたようだ。

「俺はこの手の話が好きで、色々見てるんだが…キャトル・ミューティレイ
ションを知っているかね?」

 私もたしか、何かの雑紙で見たことがあるが、UFOが牛をさらって血を
抜き取るとかなんとかいうゴシップのような話だ。

「これはゴシップなんかじゃないぞ?ちゃんと刑事事件になってる事なんだ
から。牧場主にしたら牛を殺すというのはとんでもない犯罪だ。」
「…その、つまり私たちがUFOに遭遇したというの?」

 智佳子が身を乗り出して聞いた。なにか興味満々の智佳子は、意外な回答
に目を輝かせている。

「そもそも記憶が無くなっているというのが、エイリアンに誘拐された人
たちが言うケースに似ているじゃないか?」

 大樹は興奮気味に話した。飛び出した大樹のエイリアンによる誘拐事件説!


「…つまり、あの炭鉱内に何十年も前からエイリアンの秘密基地があって、
たまたま何十年おきにやってきた人間を食糧にしているってこと?まれに
お家に返してくれるとしても、記憶を消しちゃったりするわけね?」
「そう!」
「ばーかばかしい。」

 私はあからさまに言って笑った。和美も運転席でバカ笑いしている。

「だってさ、エイリアンだって二十年おきに食事を取るなんて…いくらなん
でも気長すぎでしょ?もしエイリアンに遭遇したんなら、どうして黒い目
の小人とかヘルメットとかが記憶に出てこないの?それに、何十年もあの
炭鉱は人で溢れていたのよ?そんな騒がしい所にわざわざ秘密基地なんか
作るかしら?」
「むむっ…」

 私たちのワゴンは笑いに包まれながら、目的の丘に到着した。

 

(続く…)