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灰色のシュプール 12

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  私とぼうずの男が持ち帰った情報は、ロッジに残った者たち全員をさ
らに困惑させることになった。

 それはそうだろう。
雪崩の原因は自然現象であるとしても、そこから宇宙船が見つかったのであ
る。おまけにその搭乗者も、私たちはこの目で見たのだから…。
今夜このロッジで起きている奇妙な出来事の数々が、私たちが雪崩現場で見
た物と無関係と考えるのは無理があるだろう。

 とはいえ、あの昔の宇宙船とこのロッジ内で起きた出来事を結び付ける事
は出来ず、私たちはさらに不安をつのらせたのである。
そして例の宇宙船も谷の底へと落ち、私たちが目にすることはもう出来ない
のだ。

「…どうしても宇宙船とエイリアンの事だけは信じられないんだよな…。
もう見れないんだろ?何かを見間違えたとかじゃないのか?」

 深夜の一時を過ぎても、私たちは現状を理解しようと意見を出していたが
私とぼうずの男以外の者は、どうしても見ていない物に対して否定的な意見
であった。私自身、さっき見た物が現実の事だったのか?今でも半信半疑で
あるが、ぼうずの男も一緒に見たのだから現実のことなのである。

「…まあいいわ、現実の事だとしてさ、ここで行方不明になった人や死んだ
人が戻ってきたって事は、そのエイリアンの仕業なの?でも、そのエイリア
ン…二人とも死んでたんでしょ?何かをする力なんて無いんじゃない?」

「私もそう思うんだけど…夕方二人で見た崖のキラキラ光るものが宇宙船だ
ったなら、あの時雪崩が起きたはずで…そのあと電気が消えて、ロッジの人
たちが消えた。それは全部無関係とは思えないわ…。」

 私はミッキーに答えて話した。彼女は私の見た物を信じてはくれたが、や
はり半信半疑な部分はあるようだった。

「むしろ、顔に傷のある男が戻ってきたというのが気になるね。一度死んだ
人間は歩かない。だが今夜は…ここでは違うのかも知れない。」

 ぼうずの男は一人、二階への階段を見つめながら言った。


 不可解な事はあるが、とりあえずふもとの人と連絡が取れた事により、私
たちは少しだけ緊張も和らいでいた。数時間もすれば救助隊がやってきて、
この山を降りる事になるはずである。何か問題が残るにせよ、それは私たち
が関わることもないことだ。

 その時私たちはもうじき救助がくるものと思い、ストーブもつけずにウェ
アを着込んでロビーの長椅子に集まっていた。

 私と少女とミッキーとぼうずの男で、神経衰弱というトランプを遊んでい
たのだ。私が崖に行く前に少女に約束していた事である。

 トランプが得意な私は、色々な遊びを知っていたのであるが、少女はまだ
小さく難解なゲームはすぐには覚えられないと思い神経衰弱にしたのだ。
全てのカードを裏返しにしてよく混ぜ、二枚ずつめくり同じ数字であればそ
れを得られるという簡単なゲームである。

 少女はこのゲームを理解すると、楽しそうに何度も遊んだ。
何度やっても少女が勝つので、付き合わされる方はたまったものじゃなかっ
た。

「…やめやめ!この子ばっかり勝つんだもん…子供って超能力でもあるのか
しら?」

 ミッキーは頬を膨らませながらその場を立ち、先ほど落としたポテトチッ
プスの袋を取りに行った。袋はロビーの外れに落ちていて、落とした時の勢
いで半分ほど中身をまき散らかしている。

「あらあら…後で掃除が必要ね。」

 パリパリと音を立てて食べながらミッキーは戻ってきた。

「もう一袋あるぞ?」

 ぼうずの男が、防寒着のポケットからチップスをもう一袋取り出して言っ
た。そのポケットには一体どのくらい物が入っているのか…。

「気にいったらそのトランプあなたにあげるわ。」
「ほんと?ありがとう!おねえちゃん!」

 少女は私からトランプを受け取ると、嬉しそうに一枚一枚ながめていた。

 

「あー…ちょっといいかな?」

 ぼうずの男は、ソファーから離れた壁際に腕を組んで窓の外をみつめる
コジに話しかけた。

「私たちがいない時に、あの顔に傷のある男が現れたそうだが…一体何を
してたんだね?」

「…さあ、ただ階段のところに立ってこっちを見てただけだ。亜衣子も同じ
ように、ロビーの外れにいて、動きもしなかった。薄気味悪かったな。」
「…階段とロビーの外れか。ふむ…」

 そう言いながらぼうずの男は、ズボンのポケットに両手を入れながらうろ
うろとロビーを歩き回る。

 

 ”…連中はなぜ、そんなところでじっと立っていたんだろう?そもそも
なぜ今になって我々の前に姿を見せたのか?そして今どうして姿を見せない
のか…?何か理由があるはずなんだ…何か…。”

 

 その時また事務室の電話が鳴った。
吉井さんが出るために事務室へと向かう。しばらく吉井さんが電話に受け答
えしていたのだが、事務室の入口に顔を出してこちらに手を振りぼうずの男
を呼んだ。

「あの…色々説明したんだけど、私にはちょっとよく分からなくって…。」

 吉井さんは受話器に手の平を当てて、音が聞こえないようにしている。

「電話の相手は…?」
「なんでも、陸軍の非常事態専門のなんとかって…詳しい事を話せる者に
変わってくれないかって…。」

 私は吉井さんの話した、非常事態専門という言葉に何か不安なものを感じ
ながら、事務室へと足を向けた。

  

 ぼうずの男が話す電話の相手は、陸軍に席を置く非常事態専門に活躍する
という機関であった。普段私たちが暮らす上では知る由もない機関である。
災害や事故、はたまたウイルスの脅威など非常時における事態に対応するの
を仕事としている、という事らしい。

 私には何故、普通に救助をよこさないのか?そのことが気になったが、非
常事態には違いないと思い、電話の会話に耳を傾けた。
今日のような不可解な出来事が起こると、そういった専門の機関が存在する
という事に、私は安心感と共に気分が高揚した。


(…つまり、こういう事かね?地震により雪崩が起き、その…船のような物
が姿を見せた。その後でなんらかの電気的障害が発生し、ロッジの人々が従
業員含め数十人が消えてしまったと…そういう事だね?)

「はい。全体的な流れはそうです。」
(それで…電話が通じるようになったのは、船のような物が谷底に落ちた後
かね?それともその前かね?)
「…たぶん、後だと思います。」

(…それなら説明がつくな。昨日の夕方から二十三時辺りまで、この付近で
奇妙な電波障害が発生している。おそらく地震の雪崩で船と思われる物体が
地表に姿を見せ、その未知の金属が電波を遮断したのかも知れん。)

「それは…つまりUFOが電波の妨害をしたって事ですか?そういう事って
よくあることなんですかね?」

 そのぼうずの男の質問に、電話の先の相手はしばらく沈黙を守っていたが
やがてゆっくりと質問に答え始めた。

(…よくあることではないが、そういう報告は受けている。UFOと言っても
様々で、その多くは同じ地球の中からやって来るものが大半で難しい問題
をはらんでいるわけだ。)
「はあ…なるほど。」

(もう一つ質問させてもらいたいのは、君たちが見たというその…男の死体
だが…本当に亡くなっていたのかね?)
「間違いありません。息もしていませんでしたし、目も開いたままでした。」

(…そうか。最後にもう一度聞くが、君たちは女性四名に男性三名。そして
小さな少女が一名であっているかな?)
「……はい。人数は間違いありません。」

 ぼうずの男は、女性”四名”というところには違和感があった。もちろん
女性四名というのは、亜衣子という大学生グループの一人も含めてという事
だからである。

(…これからそちらに向かうが、すぐには君たちを下へ降ろす事は出来ない
という事は言っておくよ。色々調べることもあるからね。それは了承してい
ただきたい。)
「わかりました…。」

 それだけ言うと、ぼうずの男は受話器を置いた。


「どうだった?」
「うーん…これからこちらに来るそうだけど、すぐには降りられないって。
色々調べて安全かどうか確かめてみてからだって言ってた。」

「ま、それはしかたないんじゃない?大勢来るんなら心強いしね。」
「非常事態専門の軍隊なんだろ?それなら心配する事もないだろ。」

 ミッキーやコジが安心しながら口々に言うが、ぼうずの男だけが表情を曇
らせた。私は彼のそばに近ずいてささやいた。

「…どうしたの?」
「いや…どうも向こうの口ぶりが気になるんだ。ここで起きた極めて奇妙な
出来事に関しての向こうの認識のしかただよ。あの傷のある男の死体が消え
た事…突如として亜衣子さんという娘が戻って来た事。人々が消えた理由。
私たちにとって重要な部分が、向こうはさほど気にかけた様子がないように
思えるんだよ。」
「どういう事なの?」

「つまり…向こうはこちらの言う事を信じていないって事じゃないかな。
こちらに来て、何か奇妙な痕跡でも見つからなければもしかすると我々が
…そもそもこの国に「陸軍」なんて存在しないはずなんだが…。」

 ぼうずの男がそう言いかけた時、ロビーの壁際にもたれかかるように座
って眠る少女の姿が見えた。またロビーの中も肌寒くなってきている、そ
のまま眠らせておくわけにもいかない。トランプをやりながら眠りについた
らしく、小さな子供にしてはもう遅い時間である。

「さ、こんなところじゃ風邪ひくわ。向こうに行って寝ましょ。」

 私は寝ぼけている少女を抱き起してソファーへと運び、毛布をかけその隣
に座った。傍にはぼうずの男も立って少女を覗きこんでいる。

「少し眠ったほうがいいわ。起きる頃には助けが来てるはずよ?」
「うん、あのね…あたしね、眠るとき人に見ててもらえるの初めてなんだ。
だから…凄くうれしいな!」
「そうなの…じゃあ眠るまで見ててあげるから早く寝なさい?」

 にこにこと頷いて少女は目をつむる。
おそらくこの娘は、生まれた時から両親の暖かい視線を感じることなく育っ
てきたに違いない…。

「…おねぇちゃん、起きて助けが来たらさ、あたしどうなるの?」
「どう?って…………。」

 その少女のつぶやきに、私は言葉をつまらせた。
たしかに救助がやってくれば、私たちは山を降りることになるだろう。
だが、この少女はどうなるのだ?一緒に旅をしていた顔に傷のある男も…
おそらく一緒にはいられまい…そうなると、この少女もどこかの施設へと送
られることになるだろう…。

「…そうだ、私の家に来ればいいわ。母親と二人暮らしなんだし、あなたの
一人くらいどうってことないよ?」
「…ほんとにいいの?」
「もちろん。そしたらこの変なおじちゃんにも会えるし…ね!」
「まあ…そうだね。自給690円の仕事で良ければ…。」

 その言葉を聞いて、少女は安心したように眠りについた。
私は次にこの子が目を覚ました時、この山を降りられる事を祈りながら目
をつむった。

 

 

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 だが、予想に反して救助隊がやって来る事がさらなる惨劇を生むことにな
るのである…。


(続く…)