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灰色のシュプール 11

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 薄暗いロビーに姿を見せた亜衣子と顔に傷のある男は、それぞれ別の位置
からストーブの近くにいるミッキーらを、その場にじっと黙りながら見つめ
ていた。

 亜衣子はロビーの左側の出入り口付近、顔に傷のある男は二階への階段の
途中に、まるで動く様子もなく。

 先ほど姿を見せた亜衣子は別としても、顔に傷のある男の方は…数時間前
二階の洗面所でむごたらしい姿で倒れていたのを皆で目撃しているのだ。
何事もなかったように立ちあがって、こちらを見つめているのはあり得ない
ことであった。おまけに亜衣子と同じく、その全身の姿は淡い灰色をしてい
る。

 さらに奇妙な事は、亜衣子にしても顔に傷のある男にしても、いつの間に
その場所に現れたのか?彼らが歩いてきたところも、その場にいた誰も見て
いないのだ。なんの物音一つ立てずに現れるなんてことが出来るのか?
男は少なくとも大怪我をしていたはず、物音を立てずに近ずく事など出来る
はずもなかった。

 

「なあ…あいつら何してるんだ?何でじっとつっ立ってるんだ?」

 まるで二人につっかかりそうな勢いで話すコジの腕をミッキーは掴む。

「判んないわよ、判んないけど…なんかおかしいのよ。なんか…」

 二人に近ずこうとするコジをなんとかストーブの近くまで引き戻しながら
ミッキーは少女の方を見た。彼女は固まったように階段の上の男を、唖然と
見つめている。先ほどのこの少女の言う事が本当ならば、階段の上の男は
夕方このロビーで激しい悲鳴をあげて逃げ出したらしいのだ。その後ミッキ
ーたちが洗面所で見たのは、この男の哀れな姿であったのだが…。

「ね…ねえ、お姉ちゃんたち!あの人死んだってさっき言ったよね?」
「ええ、言ったわ。私たちたしかに見たんだから!二階の洗面所に目を開い
たまま倒れてたのを…!」

 階段上の男から視線を外すことなく、少女はミッキーに言った。
「なら、どうしてあそこにいるの?」

 その疑問にミッキーは答えられなかったが、震える少女を自分のそばへと
引きこみ抱きしめる。

 だが、震えているのが実は自分であるのだという事に、ミッキーは気ずい
ていなかった。

 

 


 操縦席と思われる場所に座っている二人の亡骸は、ほとんどミイラ状に
乾燥しきっていて、触れば崩れ去るような状態であった。

 私が座席の後ろから覗きこんだその遺体は、今まで見たどんな映画の異星
人と呼ばれるものにも似ていなかった。なんとか人型と分かるその五体、そ
してその奇妙な頭部である。

 これまで人生の中で見たイメージというのは、大きな丸い頭部。そして
アーモンド型の黒い目…どれも似たりよったりのものであった。

「…まるで”ヤカン”みたいな顔だな。」

 ぼうずの男が言うように、顔の中心と思われる場所にヤカンの口のような
ものが突き出ている。目らしきものがあるのかどうかさえ分からない。

「…宇宙人って、大きなつるっとした頭に黒い大きな目の小人みたいなの
だと思ってたわ…。」
「それはある国の連中が作りだしたプロパガンダだよ。一説によると有名な
映画監督まで利用して、”そういうイメージ”を作りだそうとしてるんだ。
事実、それに成功しているだろう?」

 すると、奇妙な事が起きた。
操縦席の前方、正面と思われる壁に何か映像のようなものがぼんやりと浮か
びあがってきたのだ。

「ちょっと…何これ?」
「…ホログラムみたいなものじゃないか?」


 そのぼんやりと暗い壁に映し出されたのは、一つの惑星であった。
そのオレンジ色の星に、青く尾を引く彗星のようなものが落ちてゆく…。
しばらく見ていると、その惑星の色が急速に”灰色”に染まっていくのが
映し出された。

 よく分からないが、私はその星が死に絶えていっているのだと認識した。
その後灰色の惑星から、次々にこの宇宙船と思われる物体が飛び出していき
、暗い宇宙に散っていったのだ。

 そのうちの一つが、見覚えのある青い星に一つ落ちてきた。
それがこの雪山の崖に墜落したところで映像は終わっているが、また同じ
映像が最初から繰り返し目の前の壁に映し出される…。 

 
 何度目かの映像を見ているうちに、ふと、この映像が何を伝えようとして
いるのかが私には解かった気がした。

「ねえ、この宇宙船ってさ、数万年前のものだってあなた言ったよね?」
「うん、おそらく地層の古さを考えればそのくらい昔だと思う。」

 操縦席の二体の亡骸は、不思議と手をつないでいるように私には見えた。
それが手といえるものであれば、であるが…。

「…きっとこの生き物は、いつかこの中にやってくる者に、これを見せよう
として映像を残したんじゃないかしら?」

 私の言葉に、ぼうずの男は頭上の映像を見つめながら小さく頷いた。

「そうかもしれないな。きっとこの宇宙船がここに墜落した時は、知恵のあ
る生き物はこの星にはまだ存在すらしていなかった筈だよ。にも拘わらず、
この生き物はいつかやってくる者に、この映像を託したのかもね。自分たち
が死んだあとでも…」
「うん、いつ訪れるかも分からない、ずっと未来の生き物に何かを伝えたか
ったんだわ…。こんな狭い場所にたった二人で。」

 私はそう考えて、この操縦席の二人の生き物を見ると、なんだかとても
愛おしく感じられてきた。見た目も含めて何もかも人類とは違う生き物であ
ったが、同じこの世界に生きる仲間であると私は思ったのだ。

 私はごく自然に、ぼうずの男の手をそっと握った。
彼は一瞬だけ驚いた表情を私に向けたが、ここを出る時までそのまま私の手
を握っていてくれた。

 それだけに、彼らの惑星に降り注いだ奇妙な彗星と星を覆いつくす灰色の
物に、私はひどく不吉な気配を感じたのである。

「でも、一体この映像で何を伝えたいのかしら…?」

「ちょっと聞くが…君はこの宇宙船が、「二人乗り」であると思うかい?」
「…そうだと思う。この中の構造が二人用って感じだったわ。」
「そうか…と、なると…問題だな。この宇宙船を中からこじ開けて外に出た
者がいるはずだからね。この二人が金属の壁を溶かして外に出るなんて
乱暴な事をする理由がない。扉があるはずだからね…。」

 この宇宙船らしきものに入り込む時にあった穴を思い出す。
金属質の船体が溶かされたような穴に、私はひどく不安な予感がした。
私たちが今、この雪山のロッジで遭遇している不可解な出来事と時を同じく
して、このようなものを見つけたのは偶然の出来事ではありえない…。

「…この宇宙船とロッジで起きている出来事は、関係が無いと考えるのは
無理があるな。それにこの宇宙船の中に起きた事は遥か昔の出来事だけど、
この上のロッジで起きてることはまだ終わっていないんだ。」
「…戻りましょう。なんだか嫌な感じがする…。」

 

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 私とぼうずの男は、急いでこの宇宙船のようなものから出ると、雪崩が起
きた崖を離れた。そのすぐ後で、またも小さな雪崩が起こり、宇宙船があっ
た場所ごと大量の土砂とともに崖下の谷へと落ちていった。

 それはまるで宇宙船の中の生き物が、自分たちの役目を終えて全てを隠す
ように谷の底へと落ちて行ったように私には思えた。

 

 

 


 しばらくしてミッキーは、ストーブの火が消えている事に気がついた。
どうりで肌寒くなってきたなと思っていたところで、時計の針は0時を過ぎ
ていた。

 近くに座っていた吉井さんがそれに気がつくと、立ちあがってストーブへ
と近ずきながら言った。

「やっぱりこのストーブじゃ、油入れても数時間しかもたないわね…」
「あっ…ちょっと…!」

 いきなりミッキーが声を出すと、その場にいた全員がびくりとして立ちあ
がった。

「ねえ、いつからいなくなったの?あの人たち…」

 ミッキーが暗いロビーの奥を指さして言った。

たしかに、先ほどまでこちらをじっと眺めて立っていた亜衣子と傷のある
男の二人がこの場から消えていた。

「…僕は見てないぞ。誰かいなくなるの見たか?」

 コジが周りの皆に言ったが、ここにいる全員が見ていなかった。
現れたのも消えたのも誰も見ていない、というのは奇妙な事である…。

「ほんの今さっきまでいたのよ…」

 その時、事務室の方から電話の呼び出し音のようなものが聞こえてきた。
「…電話だわ!ちょっといってみる。」

 吉井さんが事務室へと駆けだすと、ミッキーたちも一緒にそちらへと向か
った。事務室はロビーのすぐそばにある。暗い事務室に呼び出しの音が響い
ていて、慌てて吉井さんが受話器を取った。


「…もしもし?」
(…おお、君か。どうしたんだね、さっきから電話が繋がらなかったんだが
、何か問題でも…)

 電話の相手は山のふもとにある事務局の者であった。
どうやら小さな地震による雪崩が山で起きたらしいという話で、電話をかけ
ていたのだが全然繋がらなかったそうだ。

「…問題どころか大問題ですよ!雪崩で道路が完全に塞がってるのはいいと
しても、ロッジの従業員数名と、スキー客の十数名が行方不明になってるん
です!」
(…なんて言った?行方不明だと…雪崩のせいかね!?)
「わかりません、おまけに電気も消えていて、私も含め中に数名お客が残っ
ています。」

 吉井さんはそう言って横に立つミッキーの顔をちらりと見た。
ミッキーはニンマリとおどけた表情を作って見せ、親指を立てて見せる。

(わかった、また連絡するが人をよこすとしても数時間はかかるぞ?)
「…いや、なるべく急いで下さい!何か…おかしな事が起きてるんです。
一人泊り客に亡くなった者も出ています。」
(…よし、なら急いで連絡するから、しばらく待ってて下さい。)


「…とりあえず、連絡はついたわ。救助隊が来るのを待ちましょう。」

 なぜ今になって電話が通じたのかは分からないが、吉井さんは少しだけ
ほっとしたように受話器を置いた。

「救助が来るのね?良かったぁ!私たち無事に戻れそうね。」

 それでも不安は消えないが、数時間で救助隊が来るということで、ミッキー
たちも安堵の表情を見せる。

「数時間ならなんとかなりそうだな。健吾、腕の痛みは大丈夫か?」

 コジの言葉に健吾は頷いて見せたが、ひどく表情は硬い。

「ロビーに戻りましょ。そろそろあの二人も戻って……あ、来たわ!」

 ロビーの奥から小さなペンライトを持って戻ってきた二人に、ミッキーは
朗報を伝えようと笑顔で二人の所へと向かう。


 だが、雪崩の現場から二人が持ち込んできた情報は、この場に残った遭難
者たちをさらに不安な状況へと向かわせることになるのだった…。

 

(続く…)