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灰色のシュプール 20

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 ロビーを駆けだしたコジと科学者の二人が、あっという間にX印を越える
と、その瞬間あちらこちらから灰色の物体が現れ二人へと迫ってきた。

「…危ない!来たぞ!」

 ぼうずの男が声をかけると、コジは両手に握る塩を前方の化物に向かって
投げつけ、科学者も手にした塩を迫る物体へと振りかける。
激しい音とともに白い湯気のようなものが立ち昇り、私たちの方からコジた
ちのいる場所が見えなくなった。

 だが、あちらこちらに現れた灰色の物体がロッジの狭い通路へと流れるよ
うに移動をはじめた。つまり、出口に向かう二人を追いかけていくつもりな
のだ。こちらからは出口までの狭い通路は見えないが、あの物体が追いかけ
ていくのを見ると、二人はまだ健在なのだと思った。

 私たちは二人が出てくるのを見るために、ゲレンデが見える大きな窓ガラ
スの方へと移動する。その時、私は走り出す前に転んで倒れているミッキー
に手を貸して起こしてあげると、一緒に窓ガラスの方へと向かった。

「ん…ありがと!」
「大丈夫…?」

 ミッキーは転んだ時に少し顔を打ったようで、鼻の頭が赤く腫れあがって
いる。彼女は涙声で大丈夫、と親指を立てた。


「…出てきたぞ!見ろ!」

 ガラスに張り付いて見ていた防護服の隊長は、ゲレンデの入口辺りを指さ
して言った。

「二人ともいるわ!まだ追いかけてきてる…!」

 ロッジを抜けゲレンデへと出てきた二人に、灰色の物体はなおも追いかけ
てくる。科学者はそのまま大型ヘリへと向かい、雪の中を走り出す。
コジの方は、追いすがる数体の物体へと残りの塩をぶちまけていた。

「急いで…!」

 こちらから見つめているだけの状況に、私たちはハラハラさせられたが、
残り一体の化物から、コジは雪の上を弾むように逃げながらヘリへと向かっ
た。寒さの中で、灰色の物体は徐々に追いかける勢いが無くなり、スキップ
のように雪の上を移動するコジからはどんどんと離れていった。

「コジ、やったじゃん!ふり切ったわ!」

 灰色の物体をふり切った二人を眺めながら、私たちは歓声を上げた。
ヘリへ向かい、雪のゲレンデをどんどん進む二人から灰色の物体はぐんぐん
と離れていく。寒さの中、二人を追いかける元気はないかのように、灰色の
物体は動きを止め雪の中に姿を隠した。科学者はあと少しでヘリに到着する
所までやってくると後ろを振り向き、コジがやって来るのを待った。灰色の
物体の姿はもう、ゲレンデのどこにも無かった。

「ヘリまでたどり着けば大丈夫だ。それに、あの化け物どもはやはり雪の中
は苦手のようだったな。後は操縦がー」

 防護服の隊長が言いかけた時、突如として二人が立つ地面が盛り上がり、
雪の中から何かがせり上がってきた!

「そんな馬鹿な……!?」

 それは巨大な樹木のような灰色の物体であった。
ビルほどもある巨大な物体が、雪の中から二人を地面ごと上に向かって押し
上げていく。その大きさは、先ほど二人を追いかけていた物体の五十倍はあ
ろうかという代物であった。

 唖然として声も無く私たちが見ていると、頭上数十メートルの高さまで持
ち上げられた二人の足元が急に無くなると、巨大な灰色の物体へと落ちてい
った。巨大な樹木のような物体は突然形が崩れてヘドロのような液体状にな
ると、二人を飲み込んだまま出てきた地面の中へと戻っていく。
その間、約数秒にも満たない時間であった…。

 

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 窓の外の雪のゲレンデを力無く見つめる私たちに追い打ちをかけるように
、ロビーの中にはまたしても灰色の集団が音も無く現れた。

 その中には、たった今ゲレンデで飲み込まれたばかりのコジと学者の二人
、そして先ほど飲み込まれた健吾の姿があった。無言の灰色の集団は、X印
の外側に私たちを取り囲むように整然と並んでいる…。最後に残った我々も
飲み込まれるのは時間の問題とばかりに、このロッジで飲み込んだ全ての人
がロビーに集まっていた。

「この…こんちくしょー!!」

 またしても現れた灰色の大集団を見て、ミッキーは自分の食塩をかつての
親友たちに向けて投げつける。もちろん連中は私たちの友達ではない。ただ
のイミテーションだ。ミッキーに塩をぶつけられた何体かは、激しい蒸気と
ともに溶け、消えたが、しばらくしてまた同じ物がその場に音も無く現れる。

「無駄だ…やめたまえ。あの巨大な物体を見ただろう?連中はいくらやっつ
けてもキリが無い。核となる部分を攻撃しなければいくらでも分裂して我々
に襲いかかる事が出来る。」

 防護服の隊長がミッキーを押さえながら言った。
もちろんミッキーとてそんな事は十分理解しているのだが、他に怒りをぶつ
けるところが無かったのだ。

 

 

 

 

 いよいよ自分たちにも危険が迫りくるのを感じながら、私は少女を両手に
抱きしめ、外の陰り始めた夕陽を見つめて涙を流した。

「…ね、ママ。私たち死んじゃうの?」
「え?そんな事ないよ…大丈夫。」

 私は涙を拭いて、心配そうに見つめる少女に笑って見せた。
だが、少女はその虚ろな灰色の目で、私をぼんやりと見つめて言った。

「…あいつが、ママを怖がらせてるのね…?」
「あいつって…?」
「あいつはあいつよ…。」

 私は最初少女の言う事が分からなかったが、突然思いあたる事があったの
で、ぼうずの男をこちらへと呼んだ。

「ねえ、この子が言うあいつって誰の事だか分かる?」
「あいつ…?誰のことだ?」

 ぼうずの男は、私が抱きしめたままの少女の傍へとやって来ると、膝をつ
いて少女の顔を覗きこんだ。

「…あいつがママを泣かせるの。あたしあいつに文句言ってやるんだから。」

 そう言うなり、少女は目を開いたまま無言で動きを止める。
その灰色の目は、どこか、別の場所を覗き込んでいる様な、不思議な感じが
した。

 

「あいつ……そうか!君、あいつがそばにいるんだね?」

 ぼうずの男は何かを思いついたように、ぼんやりとして中空を見つめる少
女に呼び掛けるように話した。

「うん…一緒にいるの…。今あいつに文句言ってやったの。ママを泣かせる
なって!あいつビックリして驚いてるわ。」
「…今、あいつはどこにいるんだ?そこはどこかね?」
「…………暗くてよく分かんない。まっくらで怖いとこ…。」
「よく見てごらん?何か見えるはずだ…。」

 私やぼうずの男が少女に話しかけるのを見て、他のみんなも集まってきた。
ミッキーは私の顔を覗きこんで、どうしたの?という表情を向ける。

「……ん、水…水の音がする。あと、壁に大きな船の絵が見えるわ…。」
「…地下の温泉の壁に船の絵が書いてあるわ。」

 吉井さんが少女の言葉を聞いて思い出したように言った。

「やっぱり、奴は地下の温泉にいるんだ!早紀君、あいつは今、そこで何を
してるんだ?」
「…私をつかまえようとしてるの。あいつに捕まると暗い部屋の中に押し込
められちゃうの…みんなそうやって部屋に閉じ込められたわ。」
「みんな…?みんなって誰だい?」
「ロッジにいた人たち…それから…他にもたくさん…!でも、私は捕まえら
れないわ。追いかけっこは得意なの!捕まったのは…おじさんが初めてだも
ん!」
「良い子だ、よし、絶対に捕まるんじゃないぞ?いいね?」
「うん。」

 そう言うと少女はまた瞬きもせずに、ぼんやりとしながら動きを止めた。


「一体どういう事なの?」

 少女とぼうずの男の会話を聞いていたミッキーが、不思議そうに聞いた。

「…おそらく、灰色の物体の核ともいえるものと、この少女は同居している
んだ。」
「同居って…一体どこに?」

「化物の頭脳さ。おそらく灰色の物体の全てを動かしている、生物なら必ず
持っている核の部分、どういう方法か知らないがこの生物は取り込んだもの
の遺伝情報や記憶までも自分の中に消化吸収するんだ。あの灰色の人間たち
を見れば分かるはず…何十億年という永遠ともいえる時の中で、精神力のよ
うなものを発達させてきたのかも知れない。」

「だが、あの少女は化物に飲み込まれた訳ではないだろう?」

 防護服の隊長が、ぼうずの男に言った。
たしかに、他の人々はともかく、この少女は灰色の物体に飲み込まれた訳で
はない。

「たぶん、あの化物はその発達した精神力のようなもので、人をコントロー
ルしたり操ることも出来るんでしょう。健吾君を操ったようにね…。」
「でも、私たちはどう…?」

 私はそう言いながら、自分がこれまで健吾やこの少女のように操られては
いない事に気がついた。その違いは一体何なのか?

「…うーん、きっと個人差とか…何かキーワードのようなものがあるのかも
知れない。今も、灰色の物体は精神的な念動力のようなものを、周囲に向け
て発っている気がする。」

「…あいつ、地下の温泉にいるんでしょ?こっちから乗り込んでいって塩を
叩っ込んでやろうよ!」

 その場に立ちあがるとミッキーは憎しみのこもった声で言った。
たしかに、灰色の物体の本体が潜んでいる場所は判明したのだから。

「…これだけの数の灰色の物体を、これっぽっちの塩で突破することは不可
能だよ。地下の温泉まではこのロビーの通路を抜けて、階段を降り狭い通路
を抜けて風呂へと向かうのは危険すぎる…途中で休める部屋でもあれば別だ
けどね……あっ!」

 何かを思い出したように、ぼうずの男は言った。

「…吉井さん!階段を降りたところにある食品倉庫!あそこにー」
「そうだわ!あの倉庫なら食塩が山ほどある…!ダンボールに何箱も置いて
あるの!」
「じゃ…じゃあ倉庫まで行ければ、あの化物も全部まとめてやっつけられる
んじゃね?」

 目を輝かせながらミッキーは言って、手を合わせるように叩いた。

「よし…地下の倉庫へは私が行こう。できるだけ人数は少ない方が良いから
ね。倉庫までたどり着いたら、塩をそこらじゅうに撒き散らしてここへ戻っ
てくるよ。そうすればやつらはもう、このロッジの中を自由にうろつく事は
出来なくなる。あいつは頭のいい生物だ、塩だらけになった場所にはけして
近ずくことはしないよ。」

 ぼうずの男が塩の量を確認しながら言った。

「…一人ではさすがに危険だ。私も行こう。」

 防護服の隊長はそう言いながら重い防護服を脱いだ。
あの灰色の物体には、こんなものを着ていても何の役にも立たないと分かっ
たからである。

「あの…これ私の分の塩も持っていって。どの道あなたたちが戻らなかった
ら…私たちは助からないわ。」

 少女を抱きしめたまま、私はぼうずの男の傍へと歩み出ると、目に涙を溜
めて言った。

「ありがとう、大丈夫。すぐ戻るさ!ここを出たら君には秘書をやってもら
わなきゃいけないからね。」

 抱きしめた少女を挟んで私とぼうずの男は、ほんの僅かな時間寄り添うよ
うにしていた。真ん中に挟まれている少女は、きょとんとしながら私とぼう
ずの男を交互に見つめて幸せそうににんまりとした。

「あの……感動的なところ申し訳ないんだけど…。」

 私たち三人が良い雰囲気で寄り添っているところへ、ミッキーがやって来
た。頭をかきながら何かぼんやりと、思案している。

「何?ミッキー。」
「いや…あのさ…倉庫まで行けばいいんだよね?なにも一人や二人で突破し
なくてもさ、倉庫までの床に塩まき散らしていけばいいんじゃないかな…と
思ったんだよね。それなら別に危険もなさそうだし…ね。」

 その突然のミッキーの提案に、その場にいる私たちは沈黙した。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「……よし、そうしよう。」

 私たちはさっそく地下の倉庫への道を確保するため、ロビーのX印から先
へと塩をまき散らし、灰色の物体をどんどんロビーの外へと追い出してゆく。
そして、階段を降りて倉庫のある地下の階へと向かうまで、危険はいっさい
なかったのである。

 

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   (最終話へ続く・・・)