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灰色のシュプール 13

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 私たちは帰り仕度をすませた状態で、大きなロビーの窓の外を眺めながら、
救助隊が来るのを今か今かと待っていた。
今のところ強かった吹雪も多少は収まり、ちらちらと雪が落ちている程度で
ある。

 持ち込んだ荷物は二階の小部屋に置いてあるのを、ミッキーとコジで取り
に行ったが、傷のある男も怪しいものもなにも現れなかった。

 その間、私は眠る少女のそばを離れずにいた。
あれからぐっすりと眠り続けている少女は、時々うなされたように苦しげな
声を出したが、私がおでこを撫でてやると落ち着いたようにすやすやと寝息
をたてた。

 同じくロビーには健吾に痛み止めの薬をもう一度飲ませようとしている
吉井さんと、うろうろと歩き回るぼうずの男がいる。

 ようやく外の人たちに連絡が繋がり、もうすぐ救助隊がやって来ると思う
と先ほどまではあれほど恐ろしく、すぐにでもここから逃げ出したい気分だ
った私も、なんだかこれまでの事が嘘のような…不思議な気分になった。

 実際、私が崖で見た物は現実の事だったのだろうか?
次に同じ場所に戻っても、それはもう私が目にすることはおそらく無いので
ある。男の死体も同じだった。私たちは見たと思っているが、その時の私た
ちはパ二ック状態であったのだから…まともな判断なんか出来はしなかった
のではないか…?

「何か見つけたの?」

 私は先ほどからうろうろとロビーをうろつき回るぼうずの男に声をかけて
言った。彼は帰り支度もせず、何かを思案しながらうろついていた。もっと
も、彼は手ぶらで来たのだから支度など必要ないのであろうが…。

「いや…特に何も。」

 そう言いながらぼうずの男は、夕食時のホットドックを食べた時に落とし
た調味料の小瓶を手に取り、ポケットに入れた。少女を捕まえるのに床にぶ
ちまけた食塩である。半分ほどがこぼれロビーの床に飛び散っていた。

 二階からミッキーたちが戻ってくると、両手にいっぱいの荷物を持った
彼女が言った。

「…ねえ、亜衣子の分も持って帰る…?」
「……うん、持って帰ろう。」

 私はそう言って亜衣子の荷物をミッキーから受け取ったが、ここを去る今
一つだけ気がかりだったのが亜衣子の消息である。

 

 その時、静まりかえるロッジ内に激しい爆音と共に窓の外に強烈なライト
の光が照らされた。

「…救助が来たぞ!」

 

 


著作権フリー 商用利用可能 な 【効果音】 ヘリコプター

 

 

 私たちはみな外の強烈な光を見に、窓の傍へと駆けだした。
光の元は大型のヘリコプターで、ヘリはロッジのあるゲレンデの、比較的
なだらかな場所に降りた。そのヘリの大きさは約二十メートルはあろうか?
濃い緑色の災害やなにかで輸送などに使われるのを、テレビか何かで見た事
があった。

「やったね香菜、帰れるわよ私たち!ひょっとしてニュースとかテレビに出
たりするかもよ?」

 私たちは思ったよりも早くやって来た救助と、その巨大な乗り物に大きな
安心感とちょっとした興奮を覚え、手を叩いて喜ぶ。携帯の灯りをロッジの
窓からかざしてこちらの所在を伝える。

 私も喜びながら後ろを振り向くと、まだ眠ったままの少女とその横のソフ
ァーに、しかめっ面でチップスを食べるぼうずの男が見えた。
ぼうずの男は窓の外に背を向けたまま、ばりばりと食べていた。何を心配し
ているのだろう?


 窓の外の巨大なヘリに向かって灯りを見せ、こちらの所在をアピールする
私たちだが、十数分ほど経過してもヘリからは何の動きも見せなかった。
着陸した時と同じく、扉も開かずに。おそらくこちらの灯りは、向こうから
も確認出来ているはずだ…。

「…ねえ、何で降りてこないのかしら。」
「救助の準備でもしてるんじゃないのか…?」

 普通着陸したと同時に、どかどかと急ぎ足で救助にやってくるものだと、
私たちは思っていた。事実テレビやなにかで見る映像は、いつもそうだ。
降りると同時に、救急隊の担架や医療器具を持った人たちが急いでやってく
る…そんな場面をいつも見ているのだ。

 その僅かだが奇妙な待ちぼうけの時間に、私にはひどく不安な予感のよう
なものを感じた…。このまま無事には帰れないのではないか?という予感で
ある…。

「やっぱりだ…連中は単純に我々を助けに来たんじゃないのかもしれん…」

 ぼうずの男が窓に近ずきながら言った。

「おい、どういう意味だよ!?」
「ちょっと、助けに来たんじゃないなら何しに来たっていうのよ?」

 コジとミッキーが、チップスの袋を片手に窓の外を見つめるぼうずの男に
詰め寄った。その時、私にはぼうずの男が何を考えているのか、なんとなく
理解出来る気がした。

「連中はまず、こちらの情報を集め確認する事から始めるはずなんだ。」

 チップスをばりばり食べながら、ぼうずの男は話しだした。ゲレンデの
ヘリに動きは無い。

「…いいかい?雪崩が起きたまでは良しとしよう。その後で電気が消えたの
も、ロッジの人々が消えた事も全部ここに残った私たちしか確認できていな
いことなんだよ。」

「それが何なんだよ…?」
「…男の死体を発見したあとで、その死体がうろうろと動き回ってるとか、
UFOの中でエイリアンの死体を見たのだの…つまり、連中は我々の言葉を
鵜呑みにはしていないって事さ。ひょっとしたら、パ二ックで頭がおかしく
なってると思ってるかもしれない。」
「そんな…だって見たままなのに…。」

 たしかに、ここで何か異常な事が起きているのだとして、私たちが助けを
求めるのに事実を語れば、今度は私たちが異常者扱いになってしまうのであ
る…。理不尽ではあるが、無理もないことなのだ。

 いくら非常事態に対応するためにあるとはいえ、SFまがいな出来事や、
怪奇な出来事まで想定はされていないのがこの社会なのである。
そのような不確かな事に対して税金は使われない…。

「もう一つ…ここに残った我々の面子だよ。向こうは電話の後に、すでに
こちらの事は調べたはずだ。私は世間的にはなんの地位もない人物で、むし
ろ危険人物の部類に入ることだろうね。あの少女と傷のある男は…おそらく
泥棒稼業だったのは明白だし。そして君たちだが…私はおかしいとは思わな
いが…大学ではどう思われているだろうね…?」
「あ……。」

 ミッキーがいの一番に声をあげたが、私たちのグループは大学の中でも、
少しアウトロー的な部類に入るのは間違いなかった。先生受けもあまり良い
とは言えず、むしろ問題児であるという事を思いだしたのだ…。

「まあ…あたしらが少しハイになってると…向こうが考えるのが普通って言
えば普通なのかな…?」

 歯切れの悪いミッキーの言葉に、無口な健吾がにやにやと笑った。
一口にハイと言っても色々である。私たちのハイはせいぜいが、喫煙と飲酒
程度であるが。

「でもどうするんだよ?このままじゃしょうがないだろ?」
「…あたしが行くわ。ヘリの近くまで行けば、おかしい状態かどうかわかる
はずでしょ?」

 私はみんなに言ってサングラスを外す。

「そう…あんたなら見た目普通の女の子に見えるよ!私やコジや健吾じゃ…
ちょっと個性的すぎるし…ね!」
「じゃ、私も行きます。私はここの従業員だし…向こうも安心するんじゃな
いでしょうか?」

 それまで私たちの会話を聞いていた吉井さんも、私と一緒にヘリへと近ず
くと言い出した。たしかに、従業員ならヘリの中の連中もまともに話を聞く
かもしれない。

「これ、使うといいよ。」

 ぼうずの男はロビーの出口までついてくると、私に小さなペンライトを
手渡してくれた。

「ありがと。行ってきます。」

 私と吉井さんはウェアを着込むと、またも降り出した雪の中へと出て行っ
た。

 

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 暗いゲレンデに現れた巨大なヘリコプターを見ながら、私と吉井さんは膝
まで隠れる雪の中を急ぎ歩いた。ヘリまではもうすでに五十メートルを切っ
ている。

 あと少しというところまで来ると、強烈なヘリのライトが私たちの場所に
向けられた。その眩しさに、しばらく目を開けられずにいた私だが、徐々に
慣れてくるとヘリ全体がぼんやりと見えてきた。

 中央に出入口らしきものがあり、その上には小さな小窓がいくつもあった
が、全ての窓に人影らしきものが見える。こちらを観察しているのだろう。
一つ奇妙な事は、たいていどのような乗り物であっても書かれている自衛隊
という文字はこの大型ヘリコプターにはついていなかった。

 私たちは激しく両手を振り、助けを求めて叫んだ。

「…急いで下さい!怪我人もいるし、小さい子供もいるんです!」
「私はここの従業員です!会社の方に連絡してくれれば分かるはず…!」

 しばらく叫び続けていると、ヘリのエンジンが停止して中央の扉が開いて
中から数人の人がゲレンデに降りてきた。皆全身を防護服のような物を着こ
み、顔の部分は目だけしか見えていなかった。そしてその両手にはマシンガ
ンのような武器を持っている。

「…君たち二人だけかね?」

 一人だけ色の違う防護服を着た人物が声をかけてきた。
その声には聞き覚えがある。先ほど電話の先から聞こえてきた声の主である。

「いえ、ロッジに他のみんなもいます!お願いします、助けて下さい!早く
しないと何か…何かが起こる気がするんです…!」
「…分かっている。だが、まずは危険があるかどうか我々が判断してからに
なる。いいね?」
「はい。分かりました…。」

「では案内してもらう前に聞いておくが、中の連中は…君たちも含めてだが
アルコールを飲んでいる者はいるか?あるいは、薬物を使用しているという
者はいないかね?」

 私はその防護服の男が一瞬何を言っているのか?判断出来なかったが、私
よりも早く吉井さんが代わりに答えて言った。

「いいえ、そんな者はいません。それにこのロッジにはアルコールの類は置
いてないんです。」
「…そうか。なら中まで案内していただこう。よし、行くぞ!」

 男の号令で、ヘリの中にいた残りの連中もぞろぞろと外へ出てきた。
その数は十二名。全員白っぽい防護服に全身包まれ武器を手にしている…。
人名救助にしてはあまりにも過剰な防具であった。

 それだけの過剰な装備と大人数にも関わらず、何故か前を歩く私には不安
と共に、悪寒のようなものを感じた…。
それがこの雪の寒さのせいなのか、あるいはもっと別の……なにかなのかは
この時の私には、まだ分からずにいたのである。


(続く…)