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灰色のシュプール 15

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 隊長と呼ばれた一人だけ色の違う防護服を着た男は、案内する防護服の後
について隣のロビーへと向かった。ロビーとレストランは繋がっており、
ほんの数歩で到着する。

「なんだこれは…!?」

 ロビーの光景を見て、隊長と呼ばれる男は声をあげる。
端のソファーには若者グループが固まるように立っており、ロビーの中央には
白い防護服の隊員が四名ほどいて、若者たちと同じように立ちつくしていた。
異様なのは、彼らの視線の先にあるものだった。

 けして広いとは言えないロビーの左側、下への階段へ向かう辺りと、二階へ
と続く階段への入口周辺に人型と思われる集団が立っていたのだ。左側には
若い二十代くらいの女性が…二階への階段下には、顔に大きな傷のある中年
男性がいた。この男は、若者たちの情報にもあったコソ泥の一人に間違いない
だろう。

 そしてその両者の後ろに、数十人の人間たちがいた。
その服装からして、ロッジの従業員数名と、若者たちが消えてしまったという
泊り客と思われる人たち…何人かはスキーウェアーを着ている。

 さらに、その人々の中に我々の仲間である隊員が四名ほど交じって立ちつく
していたのだ。まったくと言ってよいほど身体を動かす事もなく、ただじっと
その場に立ち、こちら側の我々を黙って見つめていたのである。

 だが、さらに隊長の目を疑うような物が、その一団に雑じっていた。
その姿を何と表現したらいいだろう?水道の蛇口のようなものが顔と思われる
物の中央についていて、ゴムの紐のような触手が頭と思われる登頂部から下に
向けて伸びている。その全身も、なんとか人型と分かる姿を留めていた。
それが四体…バラバラに人の中に混じって立っている。
おそらく、血液を採取した二人が宇宙船らしき物体の中で見たという乗組員
の姿そのままである…。

 それにもまして異様なのは、全員が灰をかぶったかのように淡い灰色をして
いる事だった。

「おい、どうなってる?連中は一体何だ?どこから来た?」

 隊長と呼ばれる男はロビーの中央までやって来ると、四人の防護服に怒鳴る
ように聞いた。

「分かりません!気がついたら…立っていたので…!」
「…分からんだと?これだけの人数がやって来たのに気がつかなかったという
のか?」

「いや、本当に誰も見てないんだ。一瞬にして回りを囲んでいたんだよ。」

 ぼうずの男が隊長と呼ばれる男に近ずいて言った。

「…おい、あのおかしな生き物は…君たちが宇宙船の中で見たものか?」
「はい、間違いないです。でもあれは…あの中にいた二人はずっと昔に死んで
います。おまけに宇宙船は崖下に埋まったはずで…ここに現れることは出来な
いはずだ…それに、宇宙船は二人乗りに作られていた。あそこにいるのは四体
で、しかも一体はまるで違う異星人だ…。」

「じゃあ奴らは何だ?あそこにいる人間たちはあの生き物に操られているよう
にしか見えんぞ?」

「…そうは思えない。宇宙船の中で見た生き物は緑色だった。それに船内を見
た様子から、危険な生き物ではないような気がする。むしろ…」
「分かるものか、おい!連中が少しでも何かおかしな動きをしたら撃て…!」

 隊長は部下の防護服にそう言って命令した。
白い色の防護服を着た四人は、肩に下げていたマシンガンを構える。

「…ちょっと!私たちの友達もあの中にいるのよ!」
「そうよ!私の同僚もいるわ。」

 ミッキーと吉井さんも隊長の言葉に反発する。
だが、隊長は動じる様子もなく二人を追い払うように手を払った。

「…彼らはすでにあの生き物に感染させられたのだ。もう手遅れだ。」

 ロビーに現れた大勢の人影は、まるで動くそぶりもなく、ただじっと我々を
観察するかのように見つめていた。

 

 

 それから三十分近くが経ったが、状況はまるで変わらないままだった。
不気味なほど音もなく、身じろぎひとつしない集団が私たちを取り囲んでいて
、ロビーの隅で私たちはその不気味なほど灰色の集団に不安をつのらせる。
いまだ静かに寝息をたてて眠る少女の横に座り、私は目の前の灰色の集団を
見つめて思った。

”…なぜあの連中は、じっと黙ってこちらの様子なんか眺めてるのかしら?
あんなに大勢なんだから、襲うつもりならいつでも出来るはずよね?それに
なぜまた現れたのかしら…さっきはいつの間にか消えてしまっていたのに…
一体何が起きてるの…?”

 

「…案外、あの人たちって…幽霊だったりして……いひひ…。」

 私の隣にミッキーがやって来て言った。
彼女も顔に不安な表情が浮かんでいたが、こんな時でも彼女は明るさは絶やさ
ない。持って生まれた彼女の特技である。

「でも、幽霊なら足が無いはずよ?見て、あの人たちちゃんとシューズも履い
てるし…。」
「幽霊だからって足が無いって事もないわ。幽霊なら急に消えたり現れたりっ
て出来るんじゃない?」

 私は不可解な出来事だらけの状況に不安を感じて、ソファーに座るぼうずの
男をチラリと見やった。

 なんと、ぼうずの男はソファーに深々と座りながら腕を組み、頭をこくり
こくりと揺らして眠っていた…。不気味な灰色の集団に囲まれ、マシンガン
を持った兵士たちが銃を構えて待機しているこの状況で、彼は眠ることが出来
るのだ…!

「…やっぱり変人…いや、変わってるわね…。」
 私の隣でミッキーはぼそりと呟いた。


 ロビーの一番奥、ゲレンデが見える大きなガラス窓の傍で、隊長と呼ばれる
男は無線機のようなもので外と連絡を取ろうとしていた。

「…くそっ!駄目か、おい、外の連中とは連絡は取れたか?」
「いえ…何か雑音のようなノイズが入るばかりでまったく繋がりません。」

 部下の白い防護服は、隊長とよばれる男に答えて言った。
彼らの使う無線機は携帯のような物とはわけが違い、強力な電波で連絡が取れ
るものだ。だが、それでも連絡が取れなくなっていた。

「おかしいな…宇宙船が電波を妨害していたと思っていたんだが…何か別に
電波を遮断する要因となるものがあるのか?」

 崖に向かった二人の部下は、宇宙船らしき物体が崖下に埋まってしまった
らしいと無線で報告してきた。おそらく夕方から夜半にかけて電波障害を起こ
していた宇宙船と思われる物体が崖下に埋もれたために障害が収まったという
のが我々の見解だった。

 それが、ここにきてまたしても無線が使えなくなったのはどういう事だ?
同じく電話も携帯も繋がらないだろう。

 考えられるとすれば、あそこにいる奇怪な生き物が、何らかの妨害電波を発
っしているとしか考えられん…。

「もうすぐ隊員が二名、崖から戻るはずです。宇宙船についても何か分かる
かもしれません。隊員の数も増えますし…ここを突破するなら武器の数が多
い方が有利です。」

 部下の言葉に隊長と呼ばれる男は小さく頷いた。
いつまでもこんなところにじっとしている訳にはいかん。でなけりゃ、あそこ
にいる連中の仲間入りをさせられる事になるのだから。

 


 私は腕の時計を眺めると、針はすでに朝の四時を指していた。
相変わらずこちらを観察するように待機している灰色の一団は、まるで動き
はなく、私たちは皆緊張と疲れのためかソファーにぐったりと腰を降ろして
いた。もちろん、この状況で眠れる者もなく、不気味なほど音もない灰色の
集団を見つめていたのだ。

 その中に亜衣子の姿もあったが、相変わらず彼女は無表情でこちらを凝視
したまま、その瞳には、人間として感じられる生気のようなものはまるで無
かった。いや、むしろ目の前に見える彼女は、私の知っている亜衣子本人で
はないと確信がある。

 これまでも、私と亜衣子は正直に言って仲が良いとはいえなかった。
仲間内でつるんではいたけど、ほとんどまともに口をきいた事もない。
しかし、父の葬儀に現れた彼女は、家が近いという理由で仲間が帰った後も
、私や母と葬儀の後かたずけを手伝ってくれた。今回のスキー旅行も、私の
ために参加してくれたのである。

 そんな事を思い出すと、亜衣子の姿を見るのがなんだか悲しくなってきて
私は窓の外を眺めた。あれだけひどかった吹雪は収まり、今はちらちらと雪
が落ちる程度である…。


 そんな中、ぼうずの男は一人ロビーの中をウロウロと歩き回っていた。
もちろん、灰色の集団には近ずきすぎない程度に辺りを歩き回り、腕を組ん
で何かを思案しているようだった。そして時々チラリと灰色の集団を一人一
人値踏みするように観察していく…。

 

 ”…うーん、こいつはレストランで飯を食べている時に隣でぺペロンチーノ
を食べていた奴だ。そして彼女はウエイトレスをしていた娘…。この従業員
も見た事がある。間違いなく本人そのものだ。見た目はね…皆ここで行方不明
になった人たちだ。この灰色の集団が今日このロッジで行方不明になった者た
ちなら、この異星人たちは何だ?さっき宇宙船で見た二体の乗組員は、この
連中ほど大きくは無かった。

 おまけにこの異星人たちも、行方不明者と同じように、人形のように生気
が感じられない…。そう、生きてはいないものの気配だ。では、この連中は
一体何なんだ…?”

「…あまり動き回るな。連中を刺激する事になるぞ?」

 奥の椅子に座る隊長と呼ばれる男が静かに言った。
さすがに防護服の連中も、この状況に疲れが出てきているようだった。

「ああ、すいませんね。ところで、血液の検査は何か反応は出ましたか?」
「いや…これといったものは出ていない。ほら、これだ。見たところで何も
わからんだろう。」
「ありがとう。どれどれ…」

 ぼうずの男は隊長と呼ばれる男から一枚の検査結果を受け取り、しげしげ
と紙に目を通していた。

「これは…。」

 紙を見て声をあげたぼうずの男は、ソファーに座る私を見た。
私は紙に何が書かれているのか興味がわいて、ぼうずの男のところへと歩い
ていく。その時…


 ロビーの外れ、外への出入り口の扉が大きな音を立てて開いた。
しんと静まりかえったロビーの中ではやけに大きな音に響く。おそらく外に
出ていた防護服の隊員たちが戻ってきたのだろう。ガシャガシャと音を立てて
通路を歩いてこちらのロビーへとやって来た。

「…来たか。おい!こちらに急いで来るんだ。連中に気をつけー」

 隊長が立ちあがって叫ぶと、通路の部下の防護服が急いでこのロビーへと
入ってきた。隊員は二人、例の灰色の集団からは微妙に距離があり、隊長の
いる場所にむしろ近い場所であった。

「なんだ!この連中…?」

 二人の防護服が灰色の集団に気がついた時だった。
近い場所にいた灰色の集団の数人が、音もなくロビーの床を滑るように二人
の隊員に近ずいていく。それは滑らかに、川の水のように素早かった。

「…危ないぞ!」

 ぼうずの男が声を出した時にはすでに遅く、一人の隊員が灰色の人影にぶ
つかるように接触した。

 その瞬間、それまで人であったと思われていたものが、突然弾けるように
形を変えた。何か鋭い爪のように、手の平の様な形に変態したのだ。それま
で灰色だった内側は、闇の様に真っ黒な光沢を放っていて、隊員をその鋭い
爪のようなものですっぽりと包み込み、悲鳴もろとも圧縮するように握り潰
した。
 
 もう一人の防護服は至近距離でそれを見て、悲鳴を上げながら肩に担いで
いたマシンガンを炸裂させた。ロビーの中はたちまち雷鳴のような激しい音
がこだます。私たちは耳を塞ぎながら、ソファーの陰に隠れるように身を隠
した。

 それを合図に、ロビーに待機していた四人の防護服も呼応するようにマシ
ンガンを発射する。


 それが、救いようのない大騒ぎの始まりであった。

 

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      (続く・・・)