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灰色のシュプール 14

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  けして広いものではなかったロッジのロビーだったが、これまでは私たち
数人しかいない状態が続き、ずいぶん広く感じられたものだった。
だが、今は先ほどまでと違い、ロビーの中は明るい照明が取り付けられ大勢
の人間がうろつき回っていた。

 やって来た陸軍に席を置くという非常事態専門の対応チームは、中に入る
なり私たちには構う事もなく、慌ただしく作業の準備に取り掛かった。
何かの機械や、モニターを設置して忙しそうに動き回っている。その間も、
連中は常に防護服を脱ぐ事もなく、私たちに話しかけてくる事もない。


 私たちはその作業をロビーの隅で、あっけに取られるように見ていた。
ロッジの中に照明と、暖を設置した頃ようやく、一人だけ色の違う防護服を
着た人物が私たちの所へとやって来た。

「…ここにいる人数で全員か?」
「はい。そうです…。」
「報告では女性が五人という事だが…どういう事かね?」

 色の違う防護服の男は、亜衣子がここにいない事を不思議そうに質問して
きた。私にはその質問になんと言って答えたらいいのか、考えているとコジ
がその防護服の男に半ば怒鳴るように言葉を放った。

「それより、いつになったら帰れるんだ?あんたら救助に来たんじゃないの
かよ?」
「…無論、私たちは君たちを救助に来た。だが、報告にあった様々な危険性
を考えた場合、まずここでよく調査を行わなくてはならない。それまでは、
君たちもすぐに山を降りるという訳にはいかないという事を了承してほしい
んだ。」

 声を荒げていたコジも、その男の言葉に渋々ながら言葉を飲み込んでソフ
ァーに深く腰を降ろす。

 確かに、すぐには帰れそうもないが、これだけ武装した連中が大勢来たの
だから、危険は無くなったようなものである。おそらく明るくなる頃には、
この山を降りることが出来るだろう。

「それで、例の物体を見たというのは誰だね?」
「…私たちです。」

 私とぼうずの男が、防護服の男の前まで来て言った。

「崖下に土砂と共に落ちたそうだが、その場所はどの辺りだね?」

 色の違う防護服の男は、テーブルに大きな地図を広げて私たちに言った。

「…この辺りだと思います。岩がむき出しの大きな崖になってる所です。」
「よし、調べに回そう。」

 そう言って男は別の防護服の連中に伝えに私たちの所から離れた。
ロビーの中の連中は機械を設置する者や、何かの器具であちこち数値のよう
なものを測ったりしている。

「ねえ、あれ何を測ってるんだろ…?」

 ミッキーが私の横でぼそぼそと囁くように話しかけてきた。
私には彼らが何をやっているのか良く判らなかったが、ぼうずの男が代わり
に小さな声で答えた。

「…たぶん放射線を測ってるんだと思う。」

 しばらく連中の様子を見ていると、また色の違う防護服の男が私たちの元
へとやって来た。

「ああ、申し訳ないんだが、君たち二名だけ血液の検査をしたいのだが協力
してもらえないか?」
「ちょっと!香菜が何で血の検査なんてしなくちゃならないのよ?」

 今度はそれまで静かにしていたミッキーが、防護服の男に噛みついた。
色の違う防護服の男は、意に返した様子もなく彼女に答えて言った。

「…君たちの報告を信じるなら、この二名はもしかすると地球外生命体の船
に乗り込み、その搭乗者に遭遇した可能性がある。未知の細菌に感染してい
るかもしれん。二人の検査結果が出なければ君たちを連れて戻る事は出来な
い。もしも、感染力の高い細菌に感染していれば、この国どころか世界中に
広まる事もあるかもしれない。」

 私も含め、皆その男の言葉に反論することが出来ずに黙ってしまった。
今のところ私の身体には何の影響も変化もなかったが、たしかに未知の場所
に足を踏み入れたのは間違いない。検査を受けるのは当然の事だと私は思っ
た。
「いいですよ、今すぐにでも。」
「よし。ではすぐに血液検査をしよう。そちらの男性もいいかね?」
「もちろん。」

 ぼうずの男は腕をまくりながら言うと、二人の防護服を着た者が採血用の
器具を持ってやってきた。

 


 雪崩が起きた崖のふちに立つ三人の防護服は、さらに二次災害と思われる
土砂崩れの現場を上から見下ろしながらロッジの部隊に連絡を入れた。

「…例の物体は見えませんが、土砂崩れが起きたのは間違いありません!
ここから下に数十メートル…降りるのは非常に危険だと思われます。さらに
崩れる可能性もありますね…!」
『…分かった。物体を発見するのは後にしよう。君たちもロッジに戻れ。』

 深く険しい谷へと落ちた宇宙船と思われる物体は、それっきりその姿を
晒す事は二度となかった。そしてこの三人もここへ戻ることは二度となかっ
たのである。

 


 ロッジの二階、男が倒れ亡くなっていたという場所を念入りに調査する二
人の防護服は、その反応結果に首をひねった。
二人が聞いた報告では、この洗面所周辺に男のものと思われる血痕が多数あ
ったということだった。

 それがいくら調べてみても、血痕どころか生命反応の痕跡が何一つ見つか
らないのである。

 生物というものは、生きていても死んでいたとしても、細胞レベルで痕跡
が残っているものだ。それがこの”死体現場”からは何も見つからないのであ
る。唯一この場所に残るのは、床に残る激しい靴の跡くらいなものである。

 考えられる事は…証言者たちが嘘の報告をしたという事くらいなもので、
つまりこの場に、男の死体など存在していなかったという事である。

 ”だが、彼らは何のためにそんな嘘をついたのだ…?そもそも彼ら以外の
人間たちは…一体どこに消えた?”

 

 血液の採取を終えて、私たちはまたロビーのソファー周辺に固まっていた。
時間はすでに朝の三時を過ぎていたが、私たちは眠る者もなく慌ただしく動
いている防護服の連中を見ていた。

 小さな少女だけは、あの時からずっと眠り続けていたが、まだ小さい子供
なので無理もない。

「…ずっとあの連中を見てて気ずいたんだが…。」

 血液採取の後からしばらく黙って防護服たちを見つめていたぼうずの男が
ぼそりと私たちに聞こえるくらいの声で言った。

「あの防護服の連中は、陸軍とは言っても救助が専門ではないんじゃないか
と思うんだ。」
「…何でよ?」

 ミッキーが暖房器具により暖かくなりつつあるロビーには少々厚手のウェ
アーを脱ぎながら聞いた。防護服の連中が、ロビーのあちらこちらに設置し
た小型の暖房器具がロッジ全体の気温を上げつつある。

「たしかに、武器は携帯してはいるが、彼らはどう見ても…科学者だ。」
「そういわれてみれば…そんな気もするわね。」
「…なあ、おっさん。連中一体何を調べてるんだと思う?」

 コジが腕組みをしながら静かにぼうずの男に聞く。すでに単純なコジも、
防護服の連中が安易に私たちを救助に来た訳ではない事を、分かってきてい
る。ぼうずの男は沈黙しながらしばらく防護服たちの動きを見つめていた。

「…たぶん、私たちの言う事を証明するための物的証拠・あるいは何かの
痕跡だ。地球外生命体と関わった証拠…そしてもし、それが出てこなかった
時の…我々への対応…」
「出てこなかった時って…どういう事?」
「つまり、様々な奇妙な出来事は我々の創作であって…トラブルの原因は私
たち生存者にある、という証拠だよ。」

 私たち哀れな遭難者は、我々を無視し続けて忙しく動き回る防護服姿の連
中を見つめながら、朝日が登ってきても山を降りることは出来ないのではな
いか?と思い始めていた…。

 

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 ロビーの隅に陣取るあの若者たちから少し離れたレストランに、一人だけ
色の違う防護服を着た男はいた。今はあの二人の血液検査の結果を聞いてい
るところであった。

 簡単な検査ではあるが、何か異常があればすぐに分かるものである。
その奇妙な検査結果を聞いて、色の違う防護服の男は首をかしげて隣の防護
服に言った。

「…これは間違いないデ―タなのか?」
「はい。あの二人の血液検査の結果に間違いありません。」

 男はその報告の紙を見ながら、その奇妙な数値に驚きを感じたのだ。

「この血中ナトリウムの濃度は、二人とも高いのではないか?」
「はい。通常ではありえない数値です。普通この量の塩化ナトリウムが血流
内にある場合、血圧が異常に高くなるのが常識です。それがこの二人の血圧
はいたって普通なんです。それ以外に二人の血液中におかしな点はありませ
んでした。いたって健康そのものです。もちろん、薬物反応もアルコール反
応も出ませんでした。」

「…元々数値が高いのかもしれんが…?」
「ええ、そう言う事もあるでしょうが…しかしですね、この二人の検査結果
の一番奇妙な部分は、異常に高い血中内の塩化ナトリウムがまったくの同じ
数値を示しているという事です。別々の人間がこれだけ異常な高い数値を示
すのはありえません。あるとすれば、同じ環境でかなりの期間同じ物を食し
同じ場所で過ごさなければなりません。彼らは報告では昨日会ったばかりだ
という事です。」

 その二人の血中塩化ナトリウムの濃度がまったく同じというのは、一体何
を意味しているのか?

 例の宇宙船と思われる物に侵入した事と関係があるのだろうか?と、すれ
ば連中の言う数々の奇怪な報告を証明する事になるのか?もちろん、二人の
血中塩化ナトリウムが同じ数値を示したからと言って、全てあの若者たちの
言う事が事実だという保証もない…。


 そんな事を考えている時、一人の防護服の男がレストランへと慌ただしく
走り込んできた。

「どうした!何かあったのか?」
「…隊長!ちょっと来てください。ロビーで何かが起こっています!」

 隊長と呼ばれた一人だけ色の違う防護服を着た男は、血液検査の紙を放り
投げ、レストランを走り出た。


 そのロビーでの出来事が、事態が動き出す始まりとなるのである…。

 

(続く…)