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灰色のシュプール 18

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 日が昇り雪山に朝がやってきた。
昨日までの吹雪が嘘のように晴れ、太陽の日差しがロッジの中へと差し込んで
くる。幾分ロビーの中は強い日差しのおかげで寒さは感じなくなっていたが、
依然として私たちはロビーの隅で静かに固まっていた。

 私はまたもソファーに眠る少女を見ながら、不安げに外の景色を眺めてい
た。すると、ぼうずの男がお菓子を口いっぱいにほうばりながらこちらへと
近ずいてくる。何か、野球のボール型のスナック菓子を食べながら。

「よく眠るね。」
「ええ、あんな物を見たんだから…無理もないわ。それに…何だかこの子様子
がおかしいの。最初の頃よりも、ぼんやりしてる…目つきも変だったし。」

 私は最初の頃にくらべて、この少女がどんどん元気のようなものを無くして
いる気がした。いや、意思のようなものが失われていってるというか…そんな
奇妙な不安を覚えた。もちろん、こんな状況でそうならない方がおかしいとも
言えるが…。

 いや、この子ばかりではない。私自身でさえ、ぼんやりとしてしまう事が多
くなってきたように感じる。昨夜から続く恐怖の連続で、脳が逃避状態になっ
ているのだろうか?

「大丈夫だよ。なんとかなるさ。」
「…どうしてそう思うの?」

 不思議なほど自信を持ちながら言うぼうずの男に、私は少しむきになって聞
いた。彼は一瞬だけ目を大きくしたが、先ほど食べていたお菓子の紙をポケッ
トから取りだし広げて見せると、紙には占いが書かれてあった。


       ” 逆転満塁ホームラン!4袋当たり! ”


 彼は無言でその紙を折りたたむと、私のウェアーの胸ポケットにねじ込む。
おそらく、胸をお触りするのが目的だと思われたが、私はぷっと吹き出して彼
にお礼を言った。

 

 

 


 その間にも、白い防護服の男や隊長は外の連中に連絡を取ろうとしてい
たが、無線も携帯もまるで繋がらなかった。

 ただ、雑音のようなものがザーザーと電波の邪魔をしているようだったが、
隊長は自分の腕時計をちらりと見て、さらに顔を曇らせた。

「…まさかとは思うが、例の物体自体が我々の電波を邪魔しているのか?」
「生き物が携帯とか電波の邪魔をしてるっていうの?そんな馬鹿な…。」

 ミッキーが呆れ顔でそう言うと、繋がらない自分の携帯をソファーへと放
り投げた。

「いや、地球にも自分で電波や超音波を発っする生き物はいるよ。クジラや
イルカは自分から超音波を発っして泳いでいるし、コウモリもそれで空を安
全に飛んでいる。」

 ぼうずの男がミッキーに言うのを聞いて、無線で連絡を取ろうとしていた
白い防護服の男だったが、その話に興味深そうに加わってきた。彼はこの特
務部隊の中でも学者肌の人物である。

「…反響定位、ですな。生物が自分が発っした音が何かにぶつかって返って
きたものを受信し、ぶつかったものの距離を知ること。一般に、生物が周囲
の位置関係を知ることは、餌を求める最も重要な感覚です。おそらく、あの
生命体はこのロッジ全体を包み込むように、四方に向けて超音波のような物
を発っしているのでしょう。それが我々の電波を妨害している、という可能
性は高い。」

「つまり…餌を探してって事でしょう…?」

 私の言葉に白い防護服の男が小さく頷いた。

 私は餌という言葉に不気味なものを感じながら、昨夜宇宙船の中で見た物
の事を思い出した。灰色に染まってゆく一つの惑星…。あれはきっと、あの
灰色の物体が星そのものを喰らい、飲み込んでゆく姿だったに違いない。
それに比べたら、このロッジごと私たちも飲み込まれるのは、もはや時間の
問題である。

 と、そこで私は奇妙な事実に気がついた。
もしもあの惑星が、宇宙船のコクピットに残っていた二人の異星人たちのもの
だったとして、彼らはあそこで息絶えたのだとしても、死んだのはおそらく例
の灰色の物体の仕業ではないのだ。確かにあの宇宙船の中に灰色の物体は潜ん
でいたのだが…何故、あの二人は襲われずにすんだのか?あんな狭いコックピ
ットに座り、老衰するまで潜んでいたのだろうか?

 状況は芳しくない私たちだが、依然として生き残っている私たちは、あの
異星人と同じ状況にあると言えるのではないか?

 慎重に考えなくては…と私は思った。
その事実に、私たちが助かるための秘密が隠されているはずなのだ。だけど、
その先がまったく考えつかずにいたのである。

「なら、さしずめ私たちはメインディッシュって訳ね。最後のお楽しみに化物
がとっておいたんだから!自分で調味料でも降りかけようか?」
「ああーっ!?」


 あきらめめいた様子で話すミッキーの言葉に、ぼうずの男が大きな声を上げ
た。ロビーの私たちは皆、何事かと彼の方を振り向いた。

 

 


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「そうだ…調味料だよ!調味料っていうか、これだ!」

 ぼうずの男はポケットの中から、夕食の時に厨房から拝借した小さな塩の
小ビンを取りだした。逃げる少女を捕まえる時にこぼし、半分ほど減ってい
る塩のビンである。

「…それが何だっていうのよ?」
「塩だと…塩がどうしたというんだ?」

 ミッキーだけではなく、防護服の隊長も椅子から立ち上がってぼうずの男
に聞いた。

「いやいや…これは…我々が今ここでこうして生存していられたのは、いくつ
かの偶然が重なった結果であって…奇跡みたいなものなんだ!ほら、この床を
見てくれ。」

 ロビーの床はよく見るとあちこちにゴミのような物が散らばっていた。
その中には少女が歩きながら食べこぼしたチップスが散乱している。そして
ぼうずの男が床の上に散布してしまった塩も、良く見ればあちらこちらにバラ
まかれてあったのだ。それは主に、ぼうずの男がX印をつけたロビーのソファ
ー周辺である。

「良くは分からないが、あの灰色の物体がこのX印をつけた中へ入ってこられ
ないのは理由があるはずなんだ。とするなら、それはこの…塩としか考えられ
ない。」

「塩が弱点…?そんな…塩なんてどこにだってあるじゃない。どこの世界に
ヒーローチップスの食べカスで死んじゃう宇宙生物がいるっていうのよ?」

 半分信じられないとばかりにミッキーがぼうず頭に言った。

「そうでもないよ。広い宇宙には海が存在する星は遥かに少ないんだ。塩が
苦手だというのもおかしい事ではないかも知れない。」

 しばらく黙って話を聞いていた白い防護服の男が、突然立ちあがり手をぽん
と叩いてから言った。

「塩…塩か。あるかも知れんぞ!あの灰色の物体の体細胞を見る分には、あの
身体を構成している物質のほとんどは水だろう。お前さんら、ナメクジが塩に
弱いのは何故か知っているかね?」

「たしか…ナメクジの身体の90パーセントが水分で出来ていて、塩をかける
とその水分が蒸発するんじゃなかったかな?」

「さよう。野菜を漬ける時に塩でもむのは、野菜の水分を蒸発させる働きが塩
にはあるからだ。もしもあの灰色の物体がナメクジのように細胞のほとんどが
水分で出来ているなら…塩が弱点でもおかしくはない。君たちも見ただろう?
あの水のように滑らかに床の上を移動する物体を!」


 白い防護服の男は頭の防護マスクを脱ぐと、その場に置いて話した。
隊長と呼ばれた男よりは少し若い顔立ちをしていたが、その眼鏡と口ひげが
いかにも科学者という雰囲気を出している。

 塩と聞いて、私には急に閃くものがあった。

「そうだわ!あの宇宙船のコックピットの中…ね、覚えてる?あの白い砂みた
いなものが敷いてあったの…。あれ、もしかして…」
「…おお!あれは塩か!そうか…それであの異星人は襲われずにすんだのか。
どうやら塩が弱点というのは間違いなさそうだな。」

 ぼうずの男は塩の小ビンを見ながらにやりと笑う。どこのスーパーでも置い
てある普通の塩である。

「でもさ…もし塩に弱いとしてもよ?あれだけ大きい身体の化物全体に、それ
っぽっちの塩でやっつけられるかしら?」

 その問いには防護服の科学者が答えた。

「普通の生き物では無理だろう。だが、あの化物だからこそ僅かな量でも危険
な武器になるのかも知れん。あの物体の細胞分裂・増殖の勢いは桁外れだ。
だからこそ特効薬が効くのだ!分かるかね?」

「…つまり、細胞が急激に増やせるってことは、身体に悪いものも急激に増え
るって事か…なるほど!」

 ぼうずの男は腕を組みながらなっとくしたようだったが、私やミッキーは
いまいち良く分からなかった。

「ふむ…もっと簡単に言えば、ガン細胞やエイズウイルスは年寄りよりも若者
の方が病気の進行が早いだろう?それと同じ事だ。あの物体が塩を恐れてこの
中へ入って来れないというのは、おそらく微量でも奴らにとって致命的なダメ
ージを与えるという事を知っているのだ。」
「…………。」

 科学者の男がいう言葉に、しばらくぼんやりと考え込むようなミッキーだっ
たが突然理解したように明るい表情で両手をパチンと合わせた。

「よっし!夕方までには家に帰れそうじゃない?」

 そう言ってニンマリとミッキーは笑った。

 

「…だが、問題があるぞ。たとえ塩が特効薬のように少量でも奴らに効果が
あるといっても、分裂して襲い来る物体をいくらやっつけても意味はない…。
生物である以上は、身体のどこかに核となる部分があるはずなんだ。それを見
つけて攻撃しなければ奴を倒す事は不可能だ…。」

「化物の核か…どんなに凄い生物だって、自分の心臓は大事に守られる場所に
隠しているはず…でも、どこにあるか…。」

 隊長とぼうずの男が話すのを聞いて、私はなんとなく灰色の物体が潜んでい
る場所が分かった。

「…あの化物、たしか寒さが嫌いなのよね?ならこのロッジで一番暖かい場所
にいるんじゃない?」
「…なるほど。そうか…吉井さん!」
「はい…はい!?」

 しばらくぼんやりと私たちのやり取りを聞いていた吉井さんは、急に自分に
言葉をかけられびっくりして返事をした。その驚きようは、まるで立ったまま
寝ていたかのようであったが、彼女は二・三度ほど瞬きするといつもの表情へ
と戻った。

「このロッジで、電気が消えて一番暖かい場所はどこですか?」
「暖かい場所ですか…?そうねぇ…やっぱりお風呂じゃないかしら?ここの
お風呂のお湯って、地下から沸き出す本物の温泉なのよ?けっこう温度も高
くって…」

「それだ!奴らの本体はおそらく地下の温泉だ。そこの本体に塩を散布でき
れば…やっつけることも…お、おい!誰か止めてくれ!」

 突然ぼうずの男が叫んだ時には、すでに少女がふらふらとX印の外側へと歩
き出す寸前だった。一番少女に近い位置にいたのは私だったが、瞬間的にまと
もに追いかけても間に合わないと判断した私は、走り込みながら少女の身体に
流れるような回し蹴りを入れた!

 少女の小さな身体はX印の内側へと倒れ込んだが、私はバランスを崩して僅
かに印の外側に倒れ込む。

「…香菜、危ない!」

 ミッキーの叫び声が聞こえた時には、ロビーの床の継ぎ目や隙間から、灰色
の物体が伸びあがるように現れた。もちろん、私を飲み込むためである…。

「………!」

 だが、灰色の物体は私の頭上一メートルほどの所で動きを止めた。
そして、水の様に滑らかに床へとこぼれ落ちると、ロッジの通路の奥へと流れ
るように消えた。

「…大丈夫かね?」
「ええ、なんとか…。」

 ぼうずの男は倒れている私のところへとやって来ると、起きるのに手を貸し
てくれた。

「…良いキックだ。」
「私、小学生の時マーシャルアーツやってたの。」

 私はすぐに起き上がると、放心して座り込む少女の所へ向かった。
少女はぼんやりと中空を眺めている。

「大丈夫?ねえ、どうしたの?」

 駆け寄った少女の肩を掴み、こちらに振り向かせた私は驚きのあまり息を飲
んだ。

 放心状態の少女の両目は、どんよりと濁ったような灰色をしていたからだ。

 

(続く…)