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灰色のシュプール 10

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 さっきまでの吹雪が嘘のように、澄んだ星空が広がっていた。
膝まで雪に埋まりながら道路の斜面を下ってゆく私は、その美しい夜空を
眺めながら歩いてゆく。

 私の頭上には、冬の夜空を代表する星座と大きな星がいくつもきらめい
ていて、時折流星がいくつも流れていった。

 中でもひときわ特徴的に並んで輝くのがオリオン星座であった。
さそりの一刺しによって倒された乱暴者の巨人オリオンの神話である。

「…この辺は街明かりが少ないから、星が綺麗に見えるんだ。」
「あんなにはっきりと形が見えるのなんて初めて。」

 ぼうずの男が私の前を歩きながら言った。
相変わらずこの雪山の寒さの中、薄手の防寒着一つでどんどんと雪の中に
道を作りながら歩いて行く。

「オリオン座は世界の古代文明の中でも、常に大きな役割を果たす星だっ
たんだ。古代シュメール人たちには最も大事な羊。そしてエジプトでは神
オシリスの印と考えられていたんだよ。日本でも、オリオンの三つの並ん
だ星を神が住む星として見ていたんだ。ちなみに日本のヒーローの故郷、
M78星雲もこの星座の中にある。」
「そうなんだ…あ、また流れ星が。」

 僅かな間にいくつもの流星が、糸を引くように満天の夜空に流れていっ
た。

「流星ってものは、小天体が地球あるいはよその天体の大気に衝突、突入
して発光したものを言うんだ。大きさはまちまちだが、元の小天体が特に
大きい場合、燃え尽きずに隕石として地上に落下することもあるんだよ。」

 空の星はこぼれおちそうなほど綺麗に輝いているが、それだけに私たち
の向う下の岩山から発っせられている奇妙な光が、何か不安な予感を漂よ
わせている気がした。


「おっ、雪崩の跡だ。こりゃ…凄いな。」

 私の目の前に広がるのは、大きな道路を完全に塞いでしまっている雪崩
の跡だった。十数メートルはあろうか?小山のように道路を雪が埋めてし
まっている。これでは乗り物で行き来をする事など不可能である。
雪をどける作業も、何日もかかることだろう。

 そして例の奇妙な光は、雪崩の起きた斜面の上の方から発っせられてい
るようだった。岩だらけの切り立った崖の下である。
私とぼうずの男は、雪崩の端っこの方から斜面を上がり、崖の岩場へと向
かい登っていく。

 その淡い光は近ずくにつれて、段々と弱く、小さくなっていった。

「ああ……!?」
「嘘でしょ…これって…」

 私とぼうずの男は、雪の斜面を登りきったところで、目の前の光景を見
て絶句して足を止めた。

 大きな月が辺りを照らすと、想像以上に雪崩の範囲が大きかった事が分
かったが、私たちが驚いたのはそんなものではない。


 雪崩で崩れた雪の斜面は、半分土と岩がむき出しになっていて、その土
の間に奇妙なほど金属的な物体が埋まっていた。

 それは家一軒分ほどの大きさで、土の中に半分以上埋まりながらも、そ
の金属的な表面を淡く発光させていたのだ。

 

 

 

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 二人が出掛けてしばらく経つ頃、残ったメンバーは皆ロビーの小さな石
油ストーブの周りに集まり、僅かな暖をとっていた。
時間は二十三時を少し回った頃だったが、誰一人眠っている者はいなかっ
た。

 それもそのはず、夕方から姿を消していた仲間の亜衣子が突然姿を見せ
たと思った矢先、二階の洗面所で死んでいた男の死体がそっくりそのまま
消え失せていたのである…。

 おまけに同じく二階へあがった筈の亜衣子も、また姿を消してしまった。
残ったメンバーも、一体何が何だか分からなくなってしまった…。

 

「…なあ、二階に倒れていた男、実は死んでなかったんじゃないか?ある
いは、後で息を吹き返したとか…」

 コジがミッキーの傍にやってくると、小さな声で話した。

「…亜衣子のことは?どう考えても寝ぼけてただけとは思えないけど。」
「あいつって…もともと少し変わってたじゃないか。」

 コジは健吾に聞こえないようにミッキーの耳元に囁くように言ったが、
彼女は眉をひそめてその場を立ち上がり、ロビーをせわしなく歩きまわる
少女のところに向かった。

 少女はぼうずの男からもらったチップスを食べながら、うろついている。
ミッキーはその後を追いかけるようについていく。

「ちょっと、あなた行儀悪いわよ?ほら、あちこちこぼしてんじゃない!
もう、その袋ちょっと私に貸しなさいな。」

 チップスの袋を取ろうとミッキーが少女に迫るが、少女は喜んでロビー
内をのらりくらりと逃げ回る。ほとんど追いかけっこをしているような状
況で、少女は楽しんでいたが追いかけるミッキーは真剣そのものであった。

 と、ロビーの外れの辺りまで来た時、少女はチップスの袋を床に落とし
急にその場に立ち止まってしまった。ミッキーはすぐに少女に追いつき、
捕まえて言った。

「へへへっ、捕まえたぞ!その袋もら………」

 ミッキーは少女が立ち止まり、見つめる先にあるものを自分も見て、ぎょ
っとした。

 ロビーの先の、トイレや倉庫のある階段への通路の入口辺りに、今の今
までいなかった亜衣子が立っていたのだ。二、三メートルほどの所に、音
もなく現れたのだ。

「亜衣子…あなた……」

 そう言ってミッキーはそのまま、しばらくの間彼女を黙って見つめてい
たが、その間、亜衣子は一瞬たりとも動くことはなかった。
先ほど見た時と同じく、暗がりの中彼女は灰色がかって見える。

「あ…あなた、今までどこに隠れてたのよ…?」

 ミッキーの言葉にも、亜衣子はまるで答えることもなく、ただこちらを
じっと静かに見つめていた。まるで、感情の無い人形のような感じで…。

 そんな亜衣子を見ていると、急に恐ろしくなってきたミッキーは、同じ
く目の前の亜衣子を見てその場に震えている少女を引っぱりながら、後ろ
向きに皆のいるロビーの端へと後退する。チップスの袋を置いたまま、二
人は亜衣子から目を離さずに後ずさる。亜衣子はその場をまるで動こうと
はせずに、ただこちらを黙って見つめていた。

「おい、ミッキー何やっ…」

 ようやく他のメンバーも、ロビーに起こっている異常に気がつく。
薄暗いロビーの外れに、亜衣子がこちらを見つめて佇んでいるのがコジや
健吾にも分かった。

 それを見て、健吾が椅子から立ち上がった。

「…駄目っ!健吾、何だか様子がおかしいわ…!」
「あっ…みなさんあれを見て…!」

 今度は吉井さんが、亜衣子とは反対側にある二階への階段の方を指さし
て言った。

 見ると階段の中段あたりに、二階の洗面所から消えた顔に傷のある男が
立っているのが見える。亜衣子と同じく、ただこちらをじっと見つめるよ
うに、その場を動かずに…。

 

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 月あかりの中、私とぼうずの男は土から少しだけ外に出ている金属的な
物体の上にあがって言った。

「…これ、宇宙船じゃないか?ほら、表面に何か継ぎ目のような模様があ
る。土から出てる部分を参考にすると、十メートル以上はあるかもな。」
「見て!こっちに穴があいてる…!」

 私がぼうずの男を呼ぶと、彼は慌ててこちらにやって来た。
ちょうど物体の頂上付近、緩やかに湾曲している部分で、彼は雪の水分に
足をとられ、凄い勢いで滑り、半回転しながら倒れた。

「……だ、大丈夫ですか?」
「…あせったー…。こりゃ、間違いなく自然のもんじゃないね、加工され
た金属だ。ほら、つるつるに磨かれてる。」

 その穴は物体の上側に開いていて、五十センチほどの大きな穴だった。
まるで中から溶かして出来たような代物で、分厚い金属の先は真っ暗で何
も見えなかった。

「ねえ、これって…夕方、私がゲレンデで見た時に落ちてきたの?」
「いや…たぶん違うよ。ほら、この辺り一面は、雪崩で崩れて表に出てき
たものだ。この辺りの山と地層は数万年前のもので、おそらくこの物体は
その頃ここに落ちたか…不時着したのかもしれない。」

 たしかに、昼間ここをバスで通過した時と山の形が少し変わっていた。
崖崩れで雪崩が起こり、この物体が地層の中から出てきたと考えられる。
数万年前の地層から…。まだ我々の先祖が獣を追いかけていた時代である
…。

「よし、ちょっと中を覗いてみよう…。君はここでー」
「私も中が見たいわ。」

 ペンライトを持って、彼は先に穴の中へと降りて行く。
穴の先はすぐに地面になっていて、細い洞窟のような通路になっていた。
私もすぐに穴を降りると、暗がりの中ぼうずの男の肩に手を置いた。

「…今度、探偵のような”何でも屋”やろうと思ってるんだが…君、助手に
ならんかね?」
「秘書って事ですか?自給は…」
「……690円くらいで…。」
「良いですよ。大学通いながらでもいいですか?」
「いいとも!」

 などと、可笑しな会話をしながら宇宙船と思われる物体の中を二人は
ペンライトの灯りを頼りに進む。

 初め私は宇宙船と聞いて、機械的なものを想像していたのだが、内部は
いたってシンプルに丸みをおびたアバウトなもので、つるっとした洞窟の
ような構造であった。

 これといって重要な物も見つからないまま、最後の小部屋へと私たち
は向かった。通路はどこも天井が低く、私たちは腰を屈めながら進む。
小部屋は僅かに天井が高く、自動車の内部くらいの広さである。

 まさにそこは自動車と同じく、コックピットのような場所であった。前方
に二つの椅子のようなものがありおそらく、この宇宙船の操縦席であ
ろう。その中をペンライトで照らすと、先ほどまでの船内とは違い、壁や
床一面が、白い粉のようなもので覆われていたのだ。靴で踏むと砂利のよ
うな音がする。


 そして私たちが一番驚いたのは、なによりその二つの操縦席らしき影に
座っていた二つの生き物の亡骸であった。

 
(続く…)