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虹色の丘 3

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  具体的には、「メガネ」だけしか面影のない友達の遺影を見つめ
、私はうとうとしながら、お坊さんのお経を聞いていた。
目を閉じると、二十年近く前の子供時代の私が思い出される…。

 

 私は転校生だった。
このメンバーの中では一番最後に仲間に入れてもらった記憶がある。

 両親はこの炭鉱町で散髪屋を開いていた。当時はたくさんの出稼ぎ
労働者であふれていたもので、店はたいへん繁盛していた。
私は快活な娘で、この町に転校してきてからも忙しい両親をしり目に
一人あちこちに遊び歩いていたものだ。とりわけ好きだったのは、山
での花摘みだった。

 ここいらには春になると、たくさんの山花やら花が咲き乱れ、町から
やってきた私にはとても美しく思えた。

 その時に「植物観察クラブ」と呼ばれる仲間たちに出会った。
私はすぐに彼らと打ち解けて、いつも仲間たちの中心にいた気がする。
裏山全体を使ったかくれんぼやら、木の上に見張り小屋を建てたり、と
にかく遊ぶことには事欠かなかったものだ。私たちは、ほぼ毎日という
ほど一緒に日が暮れるまで遊んでいたのだった。

 じっさいには一年くらいの期間だったが、どれも私には楽しい思い
出であり、小さなこともかなり記憶している。その後は、炭鉱の事故
などで皆バラバラに転校していったのだった。

 楽しかった日々…

 

 ふと、奇妙な違和感を感じた…。
私はクラブの仲間たちとお別れする頃の事を、何一つ覚えてはいなかっ
たのだ。

 


 お経も終わり、お坊さんが帰るとメガネの母親は私たちにお昼を用意し
てくれた。なんでもお寿司をとってくれていたようで、ほどなくして家に
届いたのだ。

 母親を手伝って、食事の準備をしているのは智佳子だった。彼女の実家
は代々続いた由緒正しい家柄で、家事も実にてきぱきとこなしていた。
見た目は一番幼く見えるのであるが。準備が出来ると、母親は用事をすま
せると言って出掛けていき、食事は私たちだけで始めた。

 二十年近く会ってはいなかったが、私たちはすぐに昔のように話した。
けっきょく仲間の中心は、龍之介や私であり会話を切り出すのも私たちで
あった。結婚しているのは小太りの大樹だけで、あとは皆一人者であるそ
うだ。とりわけ話題の中心になったのは、ここに来ていない「へちま」の
話だった。

 食事の間、私は皆の様子を懐かしさと好奇心からよく観察していた。

 

 龍之介はとにかく兄貴風を吹かしている。体格も大きいが声も大きい。
小さい頃とほとんど変わっていないようだった。

 

 和美は小さい時と同じく、無口だったが、時折きびしい言葉を突き刺し
てくるストレートな娘だ。とにかく、眩しいくらい綺麗である。

 

 大樹は…とにかくよく食べていた。用意された食事の半分は彼のお腹に
おさまったのではないか?

 

 智佳子は明るい娘であるが、人の話を聞いていると、時々怯えたような
態度をとることがあった。昔からそうであっただろうか?

 

 裕は…ほとんど食事には手をつけていないようで、目だけがよく動いて
いた。まるで、私とは違う目的で皆を観察しているような…。


「ところで、みんな今何やってんの?」

 食事もあらかた終わり、バラバラにくつろいでいるときに龍之介が言った。
名刺を全員に配った大樹は言うにおよばずだったが、それは私も気になった。

「私は…家事手伝いよ。」

 智佳子がなんだか恥ずかしそうに言った。

「お前の実家は名家だもんな。それも子供はお前一人だったろ?」
「うん。男の子もいなくて、将来は婿をもらうんだって。」

 少し寂しそうに智佳子は言う。この町を去ったあとは実家に戻っていった
智佳子であるが、名家の跡継ぎとは想像以上に自由のない生活なのであろう
か?

「私は、今は事務やってるの。小さい会社なんだけどね。」

 とくに劇的でもない仕事の私が、聞かれる前に言った。小さいころは派手
な子だったが、ここを引っ越してからというもの、ぼんやりと日々を過ごし
てきた気がする。

「和美は?」
「…私?私は、飲食店よ。」

 さらりと和美は言った。なんにしてもこの容姿では、どこにいても目立つだ
ろうなと思う。

 と、それまで黙々と食べていた大樹が、和美をまじまじと眺めてから言った。

「…どこかで見たような気がするんだけど、和美ちゃん市内に住んでんの?」
「市内だけど…人違いじゃない?」

 和美はまたも、さらりと言ったが時々チラチラと大樹のほうを見かえしていた
ような気がする。

「龍ちゃんは?」

 今度は智佳子が龍之介に聞いた。

「俺?スポーツインストラクターやってる。」
「ああ、龍ちゃんらしいね。」

 私がそう言って笑った。彼はたしかにそういうイメージがあったのだ。皆それな
りにりっぱにやっているようだ。

「お前は?なにやってんの?」

 龍之介が、メガネの祭壇の前に座る裕に聞いた。

「仕事?倉庫なんかの仕分け。あとは…絵書いてるよ。」
「へえ、どんな絵書いてるの?」

 智佳子が興味深そうに言って立ち上がると、祭壇の前に座る裕のところに向かった。
そして小さなカバンからメモ帳を取り出して、裕に差し出した。

「なんでもいいから、何か書いてほしいな。」

 少しだけ戸惑うような表情を見せた彼だが、帳面を受け取るとポケットからペンを
取り出してなにやら書き始めた。

 私もそれを見ようと、そばに寄った。

 

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 ボールペンではあるが、彼はすらすらと紙に何かを書いていく。徐々に出来あがっ
ていく絵は、花畑のような絵だった。いや、丘であろうか?その花畑の後ろには、さきほど電車の中から見た形の、切り立った崖状の山があった。

「わ、上手だわ。花畑の丘ね!」

 私が裕の横でそう言ったとき、下の畳に何かがポタリと落ちた。目をこらして見るとそれは一粒の赤い血だった。振り向くと、後ろで見ている智佳子がまっさおな顔で立っていたが、その鼻からひとすじの血が流れている…。

智佳子は、ふらりとその場に倒れた。

 

(続く・・・)