ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

虹色の丘 4

    f:id:hiroro-de-55:20190925193216j:plain

 

 この二十年近くの間、智佳子は人形そのものだった。
家の中で発言権のない母親に代わり、厳格な祖母に教育を受けてきたのだ。
もともと名家の家柄であったが、跡取りの男の子が生まれず、一人娘である
智佳子を母親は祖母に預けたのである。

 母親とこの炭鉱町で暮らしていた時はよかったが、「あのこと」が起きて
祖母の家に戻ってからは、智佳子の人生はすっかり変わってしまった。
好きな学校にもいけず、さまざまな習い事や決めごとに縛られる毎日。
そして、いずれは見合いで婿をもらうことも決まっている。

 

 智佳子はこの二十年ですっかり、臆病になっていた。人の顔色をうかがい
何事にもさからわない性格になってしまっていた。

 おまけに「あのこと」以降、智佳子は悪夢に悩まされるようになった。
暗い、とても暗い場所をどこともなく逃げまどう夢…。何かから遠ざかるよ
うに、暗闇を手探りで逃げる夢を。そんな悪夢が、智佳子の生活にいつも暗
い影を落としていた。


 それでも、その悪夢もこれまではそれほど多くはなかったのであるが、あ
の葬儀の手紙が来てからは、頻繁に見るようになった。
手紙を読んだ時、なにか頭の中で地鳴りのような音が聞こえたような、そん
な感覚を智佳子は感じた。


 しばらく悩んだが、葬儀に出席してかつての仲間に会ってみよう、と智佳子
は決心したのだった。その悪夢が、晴れるきっかけが何か掴めるかもしれない
と思いつつ。「あのこと」以降、止まってしまった自分の時計の針を再び動か
すために…。

 


 でも、「あのこと」とはいったい何のことなの…?

 

 

 

 目を開けると、馴染みはないが昔の仲間がたくさん、自分を覗きこんでいた。
ぼんやりだが、徐々に目の終点が合ってきて、自分が倒れたのだと解った。

「よかった。気を失っただけみたいね。」

 私は智佳子の顔をなでながら、安堵の息をついた。顔色もさきほどよりは戻
ってきている。

「私、どうしたの?倒れたの?」
「うん。でも大丈夫よ。顔色も良くなってきたから。」

 そういってから私は、下に落ちている裕が書いた絵に目を落とした。上手だ
が何の変哲もない丘の絵…。なぜこんなものを見て、智佳子は驚いたのだろう?
振り返ると、裕が心配そうに智佳子を見ていたが、私と目が合うとこちらをじっ
と見つめていた。私たちは電車でのこともあるので、智佳子が倒れたことには誰
よりも驚いていたのだ。

「お前、何書いたんだよ?」

 龍之介が少し荒い声で裕に詰め寄る。私は智佳子についていたので、顔だけそ
ちらの方に向けてその様子を見ていた。書いた裕の方が、驚いている様子であっ
た。

「…それが、よく分からないんだ。ここ最近ずっと同じ景色が頭に思い浮かんで…」
「その絵の山の形、電車の中から見えた景色に似てるわ。」

 私がそういうと、智佳子はゆっくりと起き上がって私を見つめた。顔色は少し良
くなってはいるが、まだふらつくようだった。

「この辺の景色なの?じゃあ、きっと昔の記憶が思い出されたんじゃない?手紙を
読んだから。」

 和美が腕を組んだポーズで言った。言ってから和美は、バツが悪そうに別のとこ
ろに視線を合わせて、そして水を汲みに流しに向かった。

「とにかく、送っていくよ。智佳子の実家知ってるの俺だけだし。車もってくる。」

 龍之介がそういうと、車をとりに外に向かった。その場は、なんだか重苦しい
雰囲気に包まれてしまった。

 

「…ところでさ、メガネは…何で亡くなったんだ?」

 ただでさえ重苦しい雰囲気なのに、大樹が妙なことを言いだした。もちろん私た
ちはそんなことは聞かされていない。

「…メガネくん、山で滑り落ちたんですって。さっき、流しでお母さんが言ってた。
お父さんを炭鉱の事故で亡くして、メガネくんも同じ山でって…。」

 和美の持ってきた水を両手で掴んで飲みながら、智佳子が小さな声で言った。

「そうなんだ…。気の毒ね、メガネくんのお母さん…。」


 私たちの仲間で、ただ一人この町に残ったメガネ。炭鉱の事故でお父さんを亡く
している彼は、どんな気持ちでこの町に残ったのだろう?そして、なぜメガネは自
分の葬儀に私たちを呼ぶことを、母親に託したのか?

 私はメガネの遺影を眺めながら、そんなことを考えた。

 たくさんの人々に暗い影を落とした炭鉱の事故。この町の支えであったであろう
炭鉱の閉鎖は、にぎわっていた町をあっという間に過疎に変えてしまったのだろう。
もちろん、そこに暮らす私の仲間たちも例外なく、この町を離れていった。

 


            …炭鉱の事故?

 そういえば、なぜ私はその炭鉱の事故を覚えていないのだろう?

 

 

 龍之介の車が来ると、私たちは智佳子を支えながら玄関まで連れていった。
これで智佳子とお別れするのは少し寂しかったが、これで逢えないというわけで
はない。とりあえず、連絡先や携帯の電話は交換しておいたのだ。

「ごめんね、せっかく集まったのに…私のせいで。」
「そんなことないよ。楽しかったわ。また連絡するから。」

 私がそう言うと、智佳子はにっこりと笑った。それから裕の方を見ると、思い
だしたように言った。

「あ、そうだ。裕くん、さっきの絵だけど…私、もらってもいい?」

 私は驚きつつも裕くんを見ていると、裕くんは智佳子の顔をまじまじと見つめ
ていた。それから智佳子に小さく頷いてみせると、戻って絵を取りにいった。

「ありがとう。じゃあね。」

 智佳子は龍之介の車で、一足先に帰っていった。


「チコ、どうして絵なんかもって帰ったのかしら?」
「…必要だったからさ。きっとね。」

 私には裕が何を言っているのかよく分からなかったが、彼女には何かの意味が
あるのだろうと私も思う事にした。

「さて、俺たちもそろそろ帰りますかね?」

 大樹がぼそりと言った。もう夕方に近い時間だった。

「あっ、ちょっと、行きたいとこがあるんだけど…。」


 せっかくここまで来たんだし、私には行ってみたいところがあったのだ。昔、
たくさん遊んだ楽しい場所を…。

「なら、荷物ここに置いて、行ってみましょ?」

 和美がそう言うと、私たちは外に出た。
二十年近く前、日が暮れるまで遊んだ、裏山に…。

 

(続く・・・)