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虹色の丘 5

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 メガネの家から車で僅か五分ほどのところに、それはあった。
高さ百メートルもない裏山のふもと、見渡す限りの草原にぽつんと立つ一本
の木がそれだ。

 大きな古木で、枝があちこちににょきにょきと伸びている。かなり朽ちて
はいるが、その木は昔とほとんど変わらずにそこにあった。
枝分かれしたその中心辺りに、木の板で作られた土台があり、そこまでの梯子
が木に打ちつけられていた。二十年近く前に、私たちが作ったものだ。

「まだあったみたいね。懐かしい…。」

 そばまで行って、私は下から大きな木を見上げる。木々の間から日差しがも
れ、私は目を細める。夕方に近い時間だったが、まだ日差しは強かった。

 仲間の中でも私は、この木によく来ていたものだった。周りは一面の花畑だ
し、なによりこの木が好きだった。私は梯子を手で確かめながら登ってみた。
木の土台は二・三メートルほど上にあったが、下を見ると驚くほど高く見えた。
下には車の近くに和美と大樹がいて、辺りをなんとなく眺めている。
すると裕が、私の後から梯子を登ってきた。

 そこからの眺めは、想像以上に美しいものだった。
これから春にかけていっきに花開く前の、力を蓄えているようなそんな雰囲気を
辺り一面から感じた。

 心地よい風が私の顔をなでていく。しばらく目をつむりながら、その風を感じ
て思い出す。よくここで一人、ざくろやら木イチゴを食べて時間を過ごしていた。

 見渡す限りの緑のパノラマの中に見覚えのある場所があった。南の景色に、ここ
に来る途中に見た切り立った崖状の高い山があった。そしてその手前には小高い丘
が、緩やかなスロープの先にあった。先ほど裕が書いた絵の場所だ…。

「…大丈夫?」

 横に立っている裕が私に言った。この景色を見たとたん、私は息が止まるような
気がしたのだ。裕もこの景色に気ずいているようで、その方向をじっと黙って見て
いる。

「…この景色を描いたのだとして…どうして僕の記憶になかったんだろう?」
「私にもこの景色には覚えがないわ。ここで遊んだ事や花摘みなんかは良く覚え
ているのに。でも…」

 この町に来て僅かしかたっていないのに、不可解な事が多すぎる。いや、実の
ところ葬儀の手紙が届いてからずっと感じている奇妙な不安。それがこの町に来
て形になってくるような、そんな感じがするのだった。

「私、手紙を読んでから、この町に来るまでずっと不安があったの。」
「いや、手紙のせいじゃない。それよりもずっと前からだ。」
「え…?」

 私は裕の意外な言葉に動揺したが、それきり裕も押し黙ってしまった。きっと
彼もよく分かっていないのだと私は思う…。なにより二十年近くも前の話だ。思い
出すには遠すぎる。

 

 和美は結子と裕が木に登っている間、近くで煙草を吹かす大樹の様子をうか
がっていた。二十年ぶりに会った昔の友達であるが、もちろん面影はあるにして
もいまの容姿にそれを重ねることはできない。

 先ほど家で大樹は私に言った。どこかで会ったことがあるか?と。私には会っ
た記憶はない。と、するなら…

 どこかで出会ったのなら、和美には思いあたるふしがある。
(いずれこの男には気ずかれる時が来るわね…気をつけなくちゃ…)

 和美はそんなことを考えながら、遠くの美しい景色を眺めた。そして小高い丘
のずっと南側の方、草木が生い茂る辺りに小さな黒い穴の入口らしきものを見
つけた。普通に景色を眺めていても、見つけることなどできないような小さな穴
の入口…。

(穴の入口ですって?でも、どうしてあんな小さな黒い影のようなものが、穴の
入口だと思ったんだろ?)

 何かを思いだそうとして、和美はこめかみをパンパンとはたいたが、なにも
思い出せなかった。

 


 日も暮れ始めたころ、私たちはメガネの家に戻ってきた。母親はすでに家に
帰っており、一人夕食の準備をしていた。

 私たちは自分の荷物をかたずけて、帰り支度を始めた。


「それじゃ、私たちそろそろ帰ります。御馳走になりました。」
「いえ、おかまいも出来なくて、遠いところわざわざ来てもらって…あの子も喜ん
でると思います。」

 母親はそう言って玄関まで見送りにきた。私はその姿になんともいえない寂し
さが感じられたが、私にはどうすることもできなかった。みんなそれぞれに生活
があるし、仕事もあるのだ。

 

 最後に、メガネの母親に一つ聞きたいことがあった。

「あの、聞きにくいんだけど…おばさんは炭鉱の事故の日のことは覚えてます?」

 母親は少し動揺したが、私に話してくれた。

「…あの日は息子が、事故のあった父親を捜しに出掛け夜になっても戻らなくて
近所の大人皆で捜しに回ってたのよ。けっきょく、父親が炭鉱の中で見つかった
後で、自分で家に戻ってきたの…そう、友達も一緒だったのよ?」
「……え?」

 

 私はその言葉に凍りついた。炭鉱の事故の日、私たちは亡くなったというメガ
ネの父親を捜していたというのだ。その記憶もまるでないのに…。

 

(続く・・・)