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虹色の丘 6

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 葬儀が終わり一週間、和美は普段の生活に戻っていた。
仕事がら人付き合いは多い和美だったが、友達というものは作らなかった。
昔の仲間には、仕事は飲食店だと言って嘘をついたが、和美は「キャバ嬢」
だった。店ではそれなりに名の知れた和美だが、もちろん本名は使っていな
い。特にこの仕事が好きというわけでもなく、なんとなく、ただなんとなく
気がついたらこの仕事をやっていたという感じであった。

 人が嫌いでもなく、だからといって好きでもなかった。
和美は小さなころから周りでは目立つ存在で、学生時代もいつもアイドルの
ような存在だった。両親も和美にはお姫様のように大事に育て、将来はなん
にでもなれると、常に期待をかけていた。

 その期待を裏切らないために、いつも嘘をついた。
そして気がつくと、無感動な人間になっていたのだった。最近は家の両親に
も会っていない。

 

 そんな和美だったから、葬儀の手紙が届き昔の友達に会うという出来事は
意外なことだった。ただなんとなく過ぎる毎日…無感動で嘘ばかりの自分の
人生が、ひょっとしたら何か変わるきっかけが出来るかもしれない、と。

 

 …でも、私はいつからこんな無感動で嘘つきな娘になったのだろう?

 

 和美は考え、そして思い当たることが一つあった。
劇的な出会いではなかったが、昔の仲間に再会して思い出したことだ。
それは、あの町を越してから私は変わったのではないのか?と。


 そして、おそらく小太りの大樹は、店で私を見たに違いないのだ。いずれ
また大樹が店にやってくるのは間違いない。いつかは分かる時がくるだろう。
だが、和美の心配はそんなことではなかった。

 

 あの町から帰ってから、奇妙な思いに悩まされているのだ。炭鉱の事故の話
を聞いた時、私の頭の中の何かが弾けた気がした。あの時から私は死人のような
人生を歩んでいるのではないか?ずっと、何かをそこに置き忘れてきたような、
そんな思いにかられていたのだ。何か、重要な事を私は忘れているような…

 でも、いくら思い出そうとしても、和美にはできなかった。
思い出そうとすると、なにか黒いもやのようなものが、和美の記憶を掻き消し
てしまうのだった。それが、時々悪夢のようにやってきて、和美を悩ませてい
た。

 


「和美ちゃん、ちょっと…」

 いつものように店に着いて着替え終わると、店長が和美を呼び止めた。和美
は店長の気難しそうな表情を見て、なにか嫌な感じがした。

「なんですか…?」
「君、最近さえない表情じゃないか?どこか調子でも悪いのかね?」

 和美は店長の言葉に一瞬驚いたが、無表情でどこも悪くありませんと答えた。

「そうかね。実は、お客から君の態度について苦情がきてね…。もし、疲れてる
なら二・三日温泉にでも行ってきたらどうだ?良い温泉知ってるんだがね。もし
も…」
「…休めってことですか?」

 またも無表情で和美は答えた。彼が何を言いたいかは分かっていた。

「まあ…そういうことなんだが。もし君が…」
「わかりました。しばらく休ませてもらいます…。ありがとうございました。」

 和美は淡々とそう言うと、ピンクのネグリジェのような服にコートをはおると
、帰り仕度を始めた。その後ろ姿に、店長はなにか言葉をかけようとしたが、踵
をかえすと、仕事に戻っていった。


 お店を出て、階段を降りるときに和美の携帯にメールが届いた。暗い階段の途中
でチカチカとライトが点滅する。
メールは結子からのものだった。明日会えないかというものだった。
和美は階段に腰をおろして、さっそくメールの返事を打った。

 

 ( …もちろんOKよ。明日からお休みだからいつでもいいよ♪ )

                    和美


 明日から失業しそうだったが、お金はけっこう稼いである。なにせ私は売れっ
子だったから。しばらくのんびり過ごすのも悪くないと和美は思う。


 和美はポシェットをグルグルと回しながら、鼻歌を歌いつつ夜の街を歩いた。

 

(続く・・・)