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虹色の丘 7

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 日差しのたっぷり入るカフェで、結子はコーヒーを飲んで時間をつぶして
いた。大きなガラスの窓ぎわに座ったのは、やってくる友達を見つけるため
である。腕時計の時刻は午前の11時を指していた。まだお昼には早い時間
だった。

 

 あの葬儀から一週間ほど経っていたが、その間にも結子は一度クラブの仲間
と食事をした。音頭をとったのは葬儀の日早々と帰ってしまった龍之介である。
やってきたのは私と、智佳子と大樹だけで、裕と和美は現れなかった。

 と、ある店を予約したのであったが、食事も途中で会はお開きとなった。
それというのも、食事の途中でまたも智佳子の気分が悪くなったのである。
やってきた時から表情もさえなかったのだが、そのあとで発作のような症状を
起こしてしまった。智佳子は今、近くの市民病院に入院している。


 今日は和美も誘って智佳子のお見舞いにでも足を運ぼうと、カフェで待ち合
わせをしているところであった。なんだか葬儀以降、私としてもスッキリしな
い日が続いていて、少しでも仲間と話をしたかったのである。


 二杯目のコーヒーを注文している時、窓の向こうから和美がやってくるのが
見えた。人ごみの中でも、ひときわ和美は目立つ存在だった。だけども、その
態度や着こなしの中に嫌味なものがちっとも感じられないのだ。そういう所は
子共の頃と変わっていない。

 その和美はカフェの前まできて、そこで足をとめた。窓越しの私にはまだ気
ずいていない。何か一瞬だけ考え込むように和美はうつむいていて、来た道を
振り向いたが、急に向きを変えるとカフェの中に入った。

 立ち上がって手を振る私を見つけると、和美はふわりとした笑顔を見せる。
同性の私でもコロッといかれそうな笑顔であった。心なしか、先日会った和美
とは表情がどこか違う感じがしたが、なにせ二十年ぶりに会った友達なのだか
ら、気にすることでもないのだろう。

 

「なにか良い事でもあったの?」
「ええ、あるわよ。仕事クビになったの。」

 コーヒーを注文した和美に私は聞いた。彼女は笑いながら凄い事を平気で言
ってのけた。

「それって良いことなの?」
「さあ、どうかしら?」

 それから、しばらくとりとめのない話で盛り上がっていた私と和美だったが、
あることを思い出して私は時計を見た。

「裕くんおそいなあ…、迷ったのかなあ。」
「あ、裕くんも来るのね…?そっか、あの結子…今のうちに言っときたいんだ
けど…」

 和美が何か言いかけた時、店の入口に裕が現れた。手をあげると彼はこちら
に向かって歩いてくる。和美と違い、彼はにこりともしていないが、だからとい
って不機嫌である訳ではなかった。裕はここに来たのが遊びではないという事が
分かっているのだろう。

「和美、どうかしたの?」
「いや、いいの…たいした事じゃないから。」

 和美はそう言って笑ったが、何かを話したかったのであろうか?
とりあえず今日集まったのは、この三人だけだった。

 私たちはカフェで早めの昼食をとった。
スパゲッティを注文した私は、粉チーズをしこたまかけた。和美はトーストのラン
チを注文して飲み物はオレンジジュース。そして裕は…あろうことか「お子様ラン
チ」を全然ふざけた様子もなく、ウェイトレスの女性に注文した。

「本気なの?」
「うん、なんか色んな物が食べたくなったんだよ。これなら色々あるじゃないか。」

 もっともらしい理由で、裕はチョイスの理由を説明した。ランチは車の形をして
いて、チャーハンに刺さっている旗は見たこともない国旗だった。裕はアゼルバイ
ジャンの旗だと教えてくれた。旧ソビエト連邦の一つだと説明していたが、私はそ
の話を聞いてはいなかった…。だが、ランチのオマケ、パイプ状の物に息を吹きか
けると浮かび上がるボールのおもちゃを、裕がポケットにしまい込むのだけは見
ていた。こんなものばかり集めているのだろうか?

 

 食事も終わり、私は今日の本題を切り出した。
これから智佳子が入院している病院にお見舞いに行こうという話をしたのだが、
二人はそれほど驚かなかった。私は智佳子の具合の説明を、かいつまんで話し
た。

「…時々なにかに反応して発作がおきるんだって。で、何かを思い出そうとする
と、自分から記憶を閉ざすために発作が起きるんですって。その時に凄く脈拍
が上がって、呼吸が止まることもあるのよ…そう智佳子のお母さんが言ってた
わ。」
「そんな…そんなことって。」

 和美はなんともやりきれない表情を浮べて窓の外を見つめた。

「お医者が言うには、何か嫌な事とか恐ろしい事を思いだしたくないんじゃな
いかっていう精神状態だって考えてるの。」
「…いや、違う。彼女は思い出したくないんじゃなくて、記憶を閉ざしてしまう
のはもっと別のものが…」

 ずっと何かを考えていた裕が思い出したように言う。

「どうしてそう思うの?」
「彼女はあの葬儀に、何かの理由でやってきていた。だからこそ倒れた後で
、僕の書いた絵を持って帰ったんだよ。」

「…じゃあ、智佳子はあの時より前から、発作を知っていたのかしら?」
「たぶん…。でも悪くなったのはあの葬儀以降だろうね。それまでは得体のし
れない不安のようなものだったのかもしれない。それが昔のことやなにか…
あの絵で、記憶の壁のようなものが崩れてきたのかもしれない。」

 裕がそう言って考え込む間、私はあの絵を思い出していた。あの木の上
から見た丘・・・のどかで美しい緑の丘が、なぜ智佳子には恐怖の対象に写
ったのだろう?

「でも、自分から記憶を閉ざすために命を危険にさらすなんてことがあるの?」

 和美が言った。たしかにそうだ。私でも自分の命を危険にさらしてまで記憶を
閉ざそうとするなんて思わないはず…。

「だから、その隠れた記憶なり出来事は、とてつもなく恐ろしい事なんじゃない
んだろうか?だから記憶を破って、それに近ずいてくると恐怖のあまり発作が
起きるというような…。」


 それきり裕も私たちも、押し黙ってしまった。
午後の面会時間は十六時までだったが、すでに十四時を回っていた。私は智佳子
の小さな身体を思い出して、どうしてあんな良い娘がこんなひどい目に合わなくち
ゃならないのだろう?と心を砕いたが、それは智佳子だけではなかったのだ…。
無理もない…このときの私は、智佳子の事だけで頭がいっぱいだったのである。


(続く・・・)