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虹色の丘 2

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 …目の前には、まっくらな闇があった。それが黒雲のように渦を
巻いていて、その闇の中に何かがうごめいていた。
私はひっしにもがいてそこから逃げようとするけど、なぜか足が動
かなかった。僅かな時間、そんな夢を見ていたような気がする…

 

「…大丈夫?」 

 ほんの数秒のことであったが、私はめまいを起こして気を失った。
目を開けると、すぐ目の前には彼が心配そうな顔で私の顔をのぞき
こんでいる。

 私はしばらく、そのまま落ち着くまで椅子に座っていたが、いよい
よ目的の駅が近ずいてきていた。手紙には例の母親が駅で私たちを待っ
ていると書かれていたのを思い出す。

「立てるかな?」
「あ、うん。大丈夫。」

 彼はまた手を差し出してきた。私は先ほどのことを考え、一瞬躊躇し
たが、その手を握って椅子から起き上がった。今度はなんともなかっ
た。

「めまいなんて起こしたことないのに。どうしたのかな…」
「疲れていたんじゃないかな?」

 彼はそう言ったが、今までこんなことはまったくなかった私だ。
少しふらつくところはあったが、一人で歩けるので安心した。

 

 

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 駅は小さく、人はいなかった。改札を抜けると、明るい日差しと
鮮やかな緑が飛び込んでくる。駐車場には数台の車が止まっていて、
何人かの男女が立っていた。例の母親らしき人物が、こちらに頭を
下げて挨拶をしてきた。

「…こんにちわ。」
「おっ、君たしか結子じゃなかったっけ?」

 背の高い茶髪の男が、私を見つけるとそう言った。彼には覚えが
ある。ハンサムな顔立ちはほとんど変わっていない。

「龍之介くん…だっけ?」
「そうそう。龍之介だよ。懐かしいな!」

 彼は私たちのクラブの部長をやっていて、身体も大きかった記憶がある。
スポーツも万能だった。小さい頃、リーダーになる子はたいてい、スポー
ツが出来る子だ。

 その後ろには、小太りの男がいて挨拶してきた。名まえはたしか…

「…大樹です。よろしく。」

 そういうと小太りの彼は、小さな名刺を差し出した。名刺にはクリーニ
ング屋の社長と書かれている。彼のこともなんとなく覚えていた。いつも、
ランニングウェアがはちきれそうだったのを記憶している。

「…やっぱり、結ちゃんだ!お久しぶり!」

 そう言って勢いよく私に向かって飛び込んできたのは…智佳子だ。昔と
ちっとも変わらず、おかっぱの長い黒髪で、日本人形のような背の低い
女の子である。とても三十に近い女性には見えない可愛らしさがあり、
再会を喜んで抱き合うと、彼女はお菓子の匂いがした。

「えっと…チコ、だっけ?」
「そう!チコよ。結ちゃん綺麗なったねー。」

 その後ろには、もう一人女性がいた。

 軽くウエーブがかかった茶色の髪の、とても美しい女性。クラスの中
でアイドル的存在だった和美だ。私は一目で解った。

「和美…おひさしぶり。」
「…結子。元気そうね。」

 二十年経った今でも、全然変わらずに和美は輝いている。私はよく彼女
と喧嘩をしたが、一番仲も良かった。

 

「…ん?お前誰だっけ?」

 龍之介が私の後ろにいる裕に声をかけた。皆も彼の事はよく覚えてないら
しい。それはそうだろう。彼はあの頃、私よりも背が低かったのだから。

「…裕くんでしょ。あなたたちよくチビチビって言ってたじゃない?」

 和美がぼそりと言ったが、その和美の言葉にトゲがあるように感じた。

「あーはいはい、裕ね。ほんと背伸びてて解らなかったよ。もうパシリに
は出来そうもないな!」

 そう言って龍之介たちは笑った。裕くんも同じく笑っていたので、私は
少しほっとした。

 

「…では、そろそろ行きましょうかね?」

 母親らしき女性が、私たちの所にやってきて言った。仲間内で「メガネ」
と呼んでいた男の子の母だ。メガネは少し暗い男の子だった記憶がある。
だが、当時には珍しくカメラを持っていたメガネを、龍之介が仲間に誘った
のだった。半ば無理やりに。

「あと一人、誰か仲間がいた気がするんだけどな。誰だったかな?」
 龍之介が言ったが、誰も覚えていないようだ。

「…もう一人、息子が調べた住所と名前がありますよ。私も手紙を送りま
したから…。名まえは田中義男さん。」

「…あー!義男ね、「へちま」ってあだ名の男だな。顔がへちまみたいな
形しててさ。」
「じゃ、彼は来なかったのかしら?」

 龍之介にチコが言った。私はかすかに、へちまくんを覚えていた。ほとんど
一緒に遊んだ記憶はなかったが、たしかに仲間にいた子だ。

「では、私の車についてきてください。ここからそんなに遠くありませんか
ら…。」


 電車でやってきた私とチコは、和美の車に乗り込んだ。裕くんも龍之介の
車に乗り込み、私たちは葬儀の場所であるメガネの家に向かう。家は例のさ
びれた町のはずれにあるそうだ。


 葬儀に集まったのであるが、私たちは妙に陽気な感じで目的の場所に向かっ
た。私は女三人の車だったので、気が楽におしゃべりしながらの道中だったが
、家に近ずくにつれ、先ほどの電車での出来事が不安な影を落としていた。

 

(…他の人たちと会ったときは、何も起こらなかったのに…裕くんが手を触れ
た時はめまいを起こした…。違いは何なんだろう?)

 

 しかし、すぐに車は目的の家に到着し、その考えはすぐにかき消えていった。
葬儀は私たちと、お坊さんだけで粛々と行われた。

 

   

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    (続く・・・)