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虹色の丘 1

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 その奇妙な旅行は、一通の手紙から始まった。

 白い小さな封筒に入った手紙には、私の小学校時代のクラスメートで
ある男の子の葬儀への招待状だった。

 二十年近く前の、今ではまったく関わりのない友達の、しかも学校
はすでに廃校になっており、山間の町はすっかりさびれてしまっている。

 高い山に囲まれた盆地状の街の中心には二つの大きな川が流れていて、
豊かな自然を楽しむために、僅かばかりの観光客がやってくる。

 

 普段ならば、出席しないところであったが、手紙を送ってきたのがそ
の男の子の母親であり、親戚もなく友達もいない息子が唯一、話してい
た友達があなたたちだったと書かれていた。

 それに、私は当時の「植物観察クラブ」という仲間たちにも会えると
思い、出席することにしたのだ。母親だけの簡素な葬儀だということで、
何人来るのかは知らないが、二十年ぶりに会うのが楽しみであった。

 その「植物観察クラブ」とは名ばかりで、グループで単につるんで遊ん
だりキャンプをしたりしていたのだった。

 当時町は、山で鉱物資源がたくさん採れ、鉱山がいくつもあり労働者で
たいへんにぎわっていたが、二十年前の小規模の地震と鉱物資源の大量の
採掘により「事故」が起きたのだ。鉱山が崩れる事故で犠牲者がでたこと
により採掘は中止となった。

 そのことで徐々に働き手は減っていき、とうとう鉱山も廃止となり、私
たちの町は隣町に吸収される形になってしまったのだ。
生徒が減っていく学校も廃校となり、グループの仲間も皆ちりじりに引っ
越していった。私も家族で別の町へと越して行き、もうすっかりこの町の
事は思いだすこともなくなっていたが、いま思い出すと、記憶の隅には楽
しい思い出が残っている。


 私は電車に揺られ、二十年近く前を思い出しながら、遠くに見える山々
の景色を眺めていた。

 肩までの髪を椅子のシートにあずけて、外の景色をぼんやりと眺めていた
私だったが、山間の町に近ずいていくにつれ、なんだか不安な気分になって
きた。電車は終点を目指しており、私の他にお客の姿もなかった。

 

       

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 そしていよいよ緑が濃くなり、切り立った崖状の山が見えてくると、私の
不安はさらに強まってきた…。

 子供の頃の記憶に悪い思い出はない。なら、なぜ町に近ずくだけで不安に
なるのだろうか?奇妙なのは、この手紙を初めて見たときのことだ。
これを読み始めた時に感じた、いいようもない不安と、そして妙な高揚感…。
手紙を読んだとき私はしばらく動けずにいたのだった。


 そんな事を考えていると、突然後ろのドアがガラガラと開く音が響いた。
誰も乗っていないと思っていた私は、飛び上がるほど驚いた。

 隣の車両から来たのは、ちょうど私と同じくらいの年齢の、猫背の男であ
った。これといった特徴もない、私より二十センチほど背が高い男で、顔も
良くも悪くもない、なんともパッとしない男だった。

 私は人が現れたことに驚いたが、気さくに声をかけた。


「あの、あなたも終点まで行くんですか?」
「……これ、終点しか止まらないでしょ…?」


 言葉につまった私だが、と、いうことはこの男も目的地は一緒なのかと思
いまた、声をかけた。

「…もしかして、葬儀に出ます?」
「うん。手紙がきてね。」

 男はポケットからくしゃくしゃの封筒を見せて言った。


「わあ!じゃお仲間だ。私、結子(ゆいこ)ていいます。覚えてます?」

 しばらくぼんやりと考えてから男は眉を片方上げて言った。

「……名前は、ね。」
「二十年も前ですもんね!姿まで覚えてないですよね。あなたは?」

 私は今度は彼の名前を聞いた。もちろん、私も彼の事はまるでわからない。

「裕(ゆう)だ。昔はチビのゆうって言われてた。」


 そういって彼が手を差し出し、私もその手を握り返した時、私は目がぐるん
と回るような感じで、電車の椅子に倒れこんでしまった…。

 

(続く・・・)