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灰色のシュプール 7

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  ぼうずの男に捕まった小さな少女は、ロビーに集まった私たち全員を
一人一人睨むように眺めていた。

 だいぶ落ち着いてきたのか、先ほどのように逃げ出すことはないが、
私たちに心は許していなかった。

 そこで、ある程度年齢が離れた吉井さんが少女のところへやって来ると
優しい笑顔で笑いかけながら話す。彼女なら小さな少女もある程度心を許
すかも知れない。

「そんなに恐がらなくても、私たちといれば大丈夫よ?さ、こっちで一緒
に夕食ー」
「…みんな死ぬわ!!大丈夫じゃないっ!!」

 少女の激しい剣幕に、私たちは唖然としてしまった。
涙を流しながら、小さな少女は何かを思い出したように震え恐怖しながら
辺りをキョロキョロと見回す…。

 この少女は、このロビーで何を聞いたのだろう?また、何かを見たのだ
ろうか?そして私たちが見たものを…なんと説明すればいいのだろう…。

「…みんな死ぬって…冗談じゃないぜ!それに、ここにいた連中だって
みんな死んだって決まった訳じゃない。いなくなっただけだ。」

 コジがそう言って怒鳴ったが、私も含めてみんな先ほどの男の死体を
見た後では誰もが不安に駆られていた。

 確かに、あの男は二階の洗面所で亡くなっているが、あとの人々は姿を
消したのであって死んだのではない…そう自分に言い聞かせていた。

 

 突然、少女は思い出したように二階へあがる階段へと足を向ける。
少女が行こうとしている二階には…先ほど私たちが目撃したものが…

「…二階は駄目っ!」

 私が叫ぶと、少女は一瞬驚いて振り向いたが、階段へと駆けだす。
その後を私は走り、少女を階段の手前で捕まえ、その場に座りこむように
倒れ込んだ。

「行っては駄目よ…!」

 二人して倒れ込んだまま、私は必死に少女を捕まえて放さずにいた。
少女はその私の姿に何かを感じたのか、それ以上抵抗はせず階段の上を
見上げてから、ロビーの方へと歩いて戻り始めた。それっきり、また黙り
こんでしまった。


「ねえ、あなたお名前は?」

 ミッキーが少女の顔を覗き込むように言うが、ぷいっとロビーの窓際へ
と駆けだす。ポケットに手をつっこんで、激しく降り続く雪を黙って見つ
めている。

「…もう、ほっとこうぜ?」
「そういう訳にはいかないわ。」

 私はそう言って少女の傍へと行くが、どんな言葉をかけたらいいのか
分からなかった…。

 ふと、私は手を入れたポケットに少女が落とした物らしきスーパーボー
ルがあることに気がついた。先ほどロビーの椅子の下から拾っておいた物
である。

「ねえ…これ、あなたのでしょ?」
「………!」

 少女はボールを見て、驚いた顔で私の顔を見つめて、このボールをくれ
たのが私だという事を思い出した。

 ボールを差し出す私の顔を見つめながら、少女はそれを受け取り大事そ
うに両手で握りしめたが、またも窓の外を見つめて黙りこんでしまう。

「…とりあえず、暖かいうちに召し上がって下さい。」

 吉井さんはロビーのソファーに座る私たちに、ホットドッグを勧めた。
たしかに気温は下がってきているし、朝から何も食べていない私たちは
食事をとらないと体力が持たない。コジや健吾、それにミッキーもホット
ドッグを食べ始める。なんともおいしそうな匂いがロビーに広がってい
た。

「ほら、あなたもどうぞ?おいしいわよ。」

 吉井さんは少女にもホットドッグを進めるが、彼女は手を出さずに黙っ
たままであった。少女は一言も私たちに口を利かない。

「あれ?香奈、食べないの?」
「う、うん…ちょっとね。」

 私は窓の外を黙って眺めている少女の後ろ姿を見つめながら、ホット
ドッグをテーブルに置いた。

 すると、ぼうずの男が音もなく少女の横に並ぶと、同じように二人して
ポケットに両手をつっこんだまま窓の外の先の見えない吹雪を黙って見つ
める。少女は、この奇妙な男を時々ちらちらと眺めては窓の外に視線を向
けた。他の人たちと違い、彼は気安く少女に声をかけることをしない。

「外の吹雪を見ながら、ずっと考えていたんだがね…?」

 ぼうずの男は誰にともなく、つぶやくように話を始める。

「…昔、越後の高速道路で兄とドライブをしていた時の事だ。峠に差し掛か
った頃に吹雪が凄くなってね。車の前がまるで見えないんだよ。あんまり
恐ろしいもので、車を止めてしばらく雪がやむのを待っていたんだ。そんな
吹雪の日の道路をなんて言うか…分かるかい?」

 少女は答えることはなかったが、ぼうずの男の答えを興味深そうに待っ
ている。私たちもその答えを静かに待った…。


「…吹雪の凄い日の新潟の道路を…我々は”越路吹雪”と呼んでいる…。」

「………。」
「……………………。」
「…ぶひゃっ!」

 一人吉井さんだけが、ぼうずの男のダジャレに吹き出したが、ロビーは
それまでよりもしんと静まりかえってしまった…。

 

「……まあ、ホットドッグ食うかい?」

 少女はやはり無言だったが、彼のホットドッグを受け取り小さな口で、
むしゃむしゃと食べ始めたのだ。

「あらら…頑固なおちびちゃんは、変わり者には心を開くのかしら?」

 半ば呆れたようにミッキーは言った。

 

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 何故あんな謎々で僅かでも少女が心を開いたのか?私にも少しだけ分か
る気がした。

 それはきっと…あの少女と私が、どこか似たところがあるからかも知れ
ない。

 少女は半分ぐらい、いっきにパンをたいらげてしまってから、ぼうずの
男にはパンが無い事に気がついて食べるのをやめた。

「全部食べたらいいよ。私はお昼においしいカツカレーを食べているから
ね。ここにいる人達よりはお腹はすいていない。」
「…じゃ、私のを半分あげるわ。」

 私は自分のホットドッグを半分ちぎって、ぼうずの男に渡す。

「おっ、いいのかね?じゃ、いただこう。」

 私たちは大きなガラス窓の前で、三人並んでパンをほおばった。

「変だな…こんな場面は初めてじゃないような気がするんだが…。」
「偶然ね、私もよ。そんな訳ないのにね。」

 私はそう言って笑った。
あの昼間出会った少女が、無事でいたことも嬉しかったが、僅かでも私た
ちに心を開いて食事をとってくれたことがなにより嬉しい。

 少女は食事の間ずっと、私とぼうずの男を交互にキョロキョロと見つめ
ていた。その瞳は子供らしく澄んでいる。先ほどまでの、緊張と恐怖に満
ちた目ではなかった。

「ね、お名前は何ていうの?」
「…早紀。」

 意外なほど素直に、少女は自分の名前を教えてくれた。

「早紀ちゃんか…あの男の人がお父さん?」
「ううん…本当のお父さんは会ったことないの。お母さんは私が小さい時
に天国へ行ったから顔もよくわからないんだよ。あの人は…一緒に旅をし
てるの…。」
「…………。」

 私たちは少しの間、少女の所を離れ小さな声で囁くように話した。

「…難しい事情があるようだが…?」
「あの男は本当の親じゃないみたいね。そうなるとあの男は一体…」

 ミッキーもこちらに近ずいて言った。

「…誘拐でもしたんじゃない?泥棒させるなら、小さい子供使うほうが
なにかと便利でしょ?」
「ふむ…つまりあのトランクケースに彼女を入れて持ち運びしては、犯行
を隠す事も出来るという訳か。それならバス料金も一人分で乗れるな。」

「おい、今はそんなことを話しあってる場合じゃないはずだぜ?無事に
ここから戻れるかどうかだろ?」

 コジが少々大きな声で言うと、離れたところにいる少女も一瞬びくりと
して私達を見る。

「…そりゃそうだが、あの少女はこのロビーで唯一生き残ったんだ。彼女
からその時の事を聞きだすのは、我々が助かるうえで貴重なものになる
かも知れないぞ?」

 ぼうずの男が私たちに言うと、いつの間にか私たちの傍へとやってきた
早紀という少女が小さな声で言った。

「…おねえちゃんたち、私もここから一緒に連れてってくれる?」
「もちろんよ!一緒に帰りましょ?」

 私の言葉にも、少女はけして素直に喜んではいなかったが、一瞬だけ
にこりと少女は笑う。だが、すぐに表情はこわばり、恐怖の色が小さな瞳
に宿ってくるのが分かった…。

「…うん、じゃあ私がカバンの中で聞こえた事を教えてあげるね…」
早紀と呼ばれる少女は、恐ろしさに震えながら少しずつ語りだした。

 

(続く…)