ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル 7話

 

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  完全に日が落ちた中庭は、ほとんど真っ暗闇であった。
その闇の中で、私と奈々子という女性徒は身を隠すようにして話していた。
彼女は時折、辺りをきょろきょろと見渡しながら怯えるように語る。

       …一体何に怯えているのだろう?

 奈々子が言うには、行方不明になってる女性徒は彼女の友達であるらしい。
数週間前に、友達に打ち明けられたという。誰かが自分を常に監視している
というのだ。何故なのかは知らないがとにかく気持ちが悪いということで、
彼女はこの学園を去ると言っていたという。

「…それでね、彼女ここを去る日にある場所に侵入するんだっていうのよ。
この学園の中に妙な場所があるって彼女が言ってたの。」
「それって…あの蛇の絵が書かれてた場所?」

 私はあの薄気味の悪い場所を思い出しながら、奈々子に言った。

「そう。その時から彼女は行方不明なのよ。それで私も、その場所を探した
の、例の場所をね。おかしな場所だったわ。その帰りに私は階段から誰かに
突き落とされたってわけなの…。」

 奈々子はそう言って額の傷を指さした。僅か一週間前に階段から落ちたばか
りの彼女の額は、少し血が滲んでいて痛々しい。

「…それで、私に何の用なの?用が無ければもう戻るわ。」
「ちょっと…待ってよ、あなただってあそこに行ったでしょ?聞いたわよ、
あそこから戻ってきたあと二日も眠り続けたって…おかしいと思わない?
あなただっていつ命を狙われるか…二人で協力すれば何か分かるかもー」

 私は彼女の手を振り切って、引きとめようとする奈々子に言った。

「誰が命を狙うっていうのよ?私は勉強に来てるの!邪魔しないでちょうだ
い。警察だって動いてるんだから友達もすぐに見つかるでしょ!」

 そう言うと私は中庭から廊下に戻る階段を駆け上がる。

「…警察だって味方かどうかわからないわ!あなた、あいつらの事を知らな
いのよ!」

 階段を登りきると、廊下の入口あたりに人影が見えた。私は一瞬どっきり
としたが、見覚えのあるシルエットに安心する。

「…誰かいるの?こんなとこで何してるの?」

 僅かな明かりの中にぼんやりと見えたのは真理だった。私はほっとして廊下
の入口まで駆け上がった。

「沙織さん?どうしたの?こんなところで…」
「…部屋に戻ろうとしたら迷っちゃって!」

 私は階段の下を振り返って見ると、真っ暗な中庭にはすでに奈々子の姿はな
かった。

「そろそろ夕食の時間よ。行きましょ。」

 その真理の言葉に、私は暗い廊下を明かりのある方へと歩いていった。


 食堂の近くまで来ると廊下は明かりに包まれていて、しばらくぶりに真理
と顔を合わせた私は、食堂まで話しながら歩いた。

「沙織さん、もうここには馴れたの?」
「うん。まだ少し迷うけど…だってここ、お城みたいなんですもん。」

 笑いながらいくつか廊下の角を曲がると、食堂の入口にある彫像の所に間宮
先生がいた。それを見つけた真理は、急に目を輝かせて小走りで先生の所に
向かった。私も歩いてそちらに向かう。間宮先生は彫像の修復作業をしている
ところだった。

「こうして時々修理しないといけないのよ。細かいとこが剥げかけたりひびが
入ったりするの。」

 その細かい作業を見つめる真理の目は、尊敬のまなざしで溢れている。
たしかに須永先生の授業を受けている私には、真理が間宮先生に目を輝かせ
る気持ちも分かる気がする。

「…ああ、あなたたち夕食でしょ?こんなとこで油売ってないで早いとこいき
なさい、ほらほら。」
 私たちを追いたてるように間宮先生はそう言うと、また熱心に彫像の修復を
始めた。

 

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「おや、そういえばあんた調子はどうだい?」

 トレイに食事を乗せていると、カウンターから大きなおばさんが顔を出し
ながら私に話しかけてきた。

「あのジュースのおかげでだいぶ良くなりました。」
「そりゃそうだろうね、あんた身体弱そうだからいつも作ったげるよ。」

 そう言って笑いながら、おばさんは奥の厨房に戻っていった。
厨房の中をちらりと覗くと、二人の大柄のおばさんが笑いながら調理をして
いる。その声の中に時折、日本語ではないものが含まれていたような気がし
たが、真理が先に食事を持って行ってしまったので、その後を私はすぐに追い
かけた。

 いつもの窓際に座ると、食事のトレイを置いた。夜はさすがに食堂も大勢の
生徒で溢れている。見ると中央の席にはあの騒がしい大男もいて、何人かの女
の子たちと話していた。

 私は広い食堂をぐるりと見渡してみたが、先ほど会った奈々子の姿は見えな
かった。

 先ほど彼女が話したことをもう一度思い返して、たしかに奇妙な事がいくつ
かあることに気ずいた。あの奇妙な絵が書かれた壁や廊下…そこに入り込んだ者
に起きた出来事。そして私に起きた事も…。

 でも、奈々子の友達はこの学園を出て行ったのかもしれないし、彼女自身も、
慌てていて階段から足を滑らせただけかも。単なるヒステリーのようなものか
も知れないのだ。

「どうしたの?」
「え…?ああ、なんでもないわ。食べよ。」

 真理の言葉に、はっと我にかえった私は、にこりと笑いかけて食事を始めた。
今日は赤身魚のソテーに、ピーマンとブロッコリー、ほうれん草などの野菜。
それにレモンジュースがついていた。とても食べやすいメニューで、食欲が
湧いてくる。

 食事をとってしばらくすると、先に食べていた連中がいなくなり、広い食堂
はすっかり人もいなくなっていた。後から来た私たち二人はゆっくりめの食事
をとっていると、食堂の入口に大きな腹をした男が入ってきた。そして小さく
手をあげると、警部補はこちらにゆっくりとやってくる。

「やあ、こちらでしたか。」

 どろんと淀んだ目をした警部補は私たちのテーブルの隣に腰を下ろすと、帽子
を置いて言った。

「少しお話しをいいですかな?」
「…いいですけど。今度は何ですか?」

 私は食事をしながら警部補に言った。

「なんでも…例の階段から落ちた女性徒、こちらに戻られたそうですな?奈々子
さんといいましたか…もうお会いになられましたかな?」
「…会いましたけど、授業が一緒ですから…。」

 警部補は私たちの食事を見ながら、ひどくのんびりと言った。

「何か話されましたか?彼女と。」

 のんびりだが、その淀んだ目は私の目をまじまじと見つめている。向かいに座
る真理も私の方を緊張しながら見つめている。

「いいえ…授業以外は会っていないので。」
「…そうですか。ふむ、まるで手掛かりなしですな。」

 

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 そう言うと警部補は、しばらく私たちの食事をぼんやり眺めていた。
私たちはなんとも居心地が悪そうに食事をとっていたが、窓の外に目を向けな
がら食事を続けた。

「ところで、うまそうなメニューですな。私は最近体調管理に気をつけた食事
をとっていてね。色々詳しくなるものです。」

 警部補はなんの関係もない話を始めた。私はほとんど無視しながら食事を続
ける。

「…赤身魚の鉄分に、緑黄色野菜とレモンのビタミンC。ふーむ、この組み合
わせだと、血を作るのに効果的な献立ですな。私はよく献血に行くのだが、かみ
さんが次の日にそういったメニューを出してくれたっけ。あー、そういえば…」

 真剣な眼差しを私に向けながら、警部補は言った。

「…最近この辺りで妙な人を見かけなかったかね?フードつきの服を着た…」
「いえ…見たことないです。」

 急に警部補は立ち上がると、ため息を一つついてから私たちに礼を言って
食堂を立ち去った。入口の間宮先生にも、一言二言話しかけると、なにやら彫像
を見つめてから警部補は帰っていった。


「…あのさ、沙織さん話があるの。ちょっといい?」

 静かになった食堂で、今度は真理が真剣な顔で言った。

私には何か胸騒ぎのようなものが、沸々と湧きあがるような気がした。

 

(続く…)