ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル 9話

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  翌日の日曜、私は先に学園を出た奈々子と町で合流する予定でいた。
目を覚ました時には、奈々子はすでに私の部屋にはいなかったが、昨夜
のうちにどこで会うかは打ち合わせをしている。

 この学園は基本的には土日の活動は自由であり、家に帰るも町に出るの
も自由であるらしい。もちろん門限は守らなければならなかったが。

 私は服を着替えると、腹ごしらえだけはしていこうと食堂へと向かった。
ここに来てから三週間になるが、相変わらず日曜の朝は人がまばらである。
食堂の入口の横にある白い女性像は、間宮先生の手によってすっかり修復
されていた。まあ、もともとどこがおかしかったのかも私には判らないの
であるが。

 人が少ないと、さらに広く感じる食堂にはいつもの顔ぶれがいて、にぎ
やかに話している。

 いつもの席には真理が食事をしていた。その隣のテーブルには例の大男
と数人の男女がいて何やら論議をしている。

 

 食堂の入口に私がやって来た時、そこに理事長が通りかかった。

「おはようございます!」

 私は緊張しながら理事長に挨拶した。昨夜あんな話を奈々子に聞いてい
るのだ、緊張しないほうがおかしい。

 あの話が本当であれば、理事長はおそらく魔女の首領なのだから…。

 

「あら、沙織さんだったわね?おめかししてお出かけかしら?」
「はい、街まで買い物にでも行こうかと思って…。」

 私はちらちらと理事長の顔を見ながら話したが、緊張する私の気持ち
を悟っているかのような目で、私を見つめながら理事長は話始める。

「ここには慣れましたか?友達は出来たのかしら?」
「あ…はい、ここに来てからすぐに真理さんが良くしてくれてます。」

 理事長は食堂の中の真理を見つめながら、静かに歌うように言った。

「そう、あの子はとっても良い娘よ。芸術の腕もどんどん上達している
ようだし。私も昔は世界中を回って彫刻を作って歩いたの。フランスや
イタリアで勉強するのは良い事だったわ。いずれあの子にも海外に留学
させてあげたいと思ってるのよ…。」

 そう言って理事長は、目の前の白い彫像を手で触れる。

「あ、沙織さん。お出掛けだったわね。早く食事に行ってらっしゃい?」
「はい、では失礼します。」

 緊張しながらの私に、理事長は相変わらず丁寧に受け答えしてくれた。

    ”…秘密結社なんて話は本当の事なんだろうか?”

 

 私はカウンターで、いつもにこやかおばさんから食事を受け取ると、
真理のテーブルへと向かった。


「亮くんってさ、真理とよくペアルックみたいだよね?」
「そうか?偶然だよ偶然。」

 そう言って笑う亮の服装は、真理の好きな白地のシャツにジーパンだった。

「そんなことないって、いつも真理と同じような趣味してるし。」

 にぎやかに会話しているのを尻目に、私は真理のテーブルに腰を下ろし
た。真理はなんだか不機嫌そうに食事をしている。まるで、眠れずに一晩
起きていたような雰囲気で、目の下が落ちくぼんでいる。

 どうしたのだろう?
と、そこにまたも食事を持って私たちのテーブルに亮という大男がやって
きた。一緒に食事をしようというのだろうか?

 すると真理は一つため息を吐きだしてから、やってきた亮に静かに言った。

「あなた、私のマネっこや趣味を合わせれば私がなびくと思うの?」
「いや…そんなことは…」

 機嫌の悪そうな真理に、大男の亮はしどろもどろである。

「わざわざ趣味を合わせたって、その先に何があるの?あなた私の好奇心
を満たすものを提示できるの?」
「…一体どうしたんだ?」

 何かを言おうとしている亮に構わずに、真理は途中の食事を持って席を
立った。私も同じく途中の食事を持ってその後を追う。

 その場に残った大男は、バツが悪そうに頭をかいた。


 食堂を出て、一人つかつかと早歩きで廊下を歩く真理の後を私は追いか
けた。途中で私に気がついた真理は立ち止まって振り返る。

「…男なんてみんな大なり小なり、考えてる事なんて同じなんだからね。
それでも、好奇心を満たすものがあれば…なびく事もあるけど、ねえ?」
「まあ…そうね。」

「男が頑張る理由ってものは、自分の稼ぎ・名声・女の子……クソくらえ
だわね!」

 そう言って笑う年上の真理は可愛らしかったが、その笑顔にはどこか
寂しげで疲れた表情が見える気がした。

「真理さん、私今日街まで出掛けてみようと思ってるの。」
「ああ、いいわね。私は課題が山ほど残ってるのよ。いってらっしゃい。
でも門限は守らないと理事長にしぼられるわよ?」

 そう言って真理はニンマリと笑った。


 私は真理に挨拶をして学園を出る。ここを出るのはしばらくぶりだった。
正門を抜けて大きな学園の建物を振り返ったとき、教室の一つでこちらを
見つめて立っている人物がいたような気がしたが、私には遠くて誰である
とかは判別できなかった。

 だが、私たちが学園を離れた僅かな間に、またしても大きな出来事が
起きたのである。  

 

 


 駅で待ち合わせをした私は、時間通り奈々子に会った。
彼女はジャンパーにジーパン姿というラフなかっこうで、待ち合わせ場所
で待っていた。私の姿を見つけると、奈々子は少し意外な表情を見せる。
私がほんとにやって来るとは思わなかったのだろうか?

 だが、奈々子はすぐに笑みを浮かべると、さっそく現地に向かう事にした。

「ねえ、ここから遠いの?」
「まあ2時間くらいかな…ちょっとした山の上の住宅地にあるのよね。」

 私は奈々子の言う、山の上という言葉に不安を感じながらも、彼女に従っ
てバスに乗り込んだ。ここから約2時間の旅になる。
 
 バスに揺られながら、私はちらちらと彼女の方を見つめた。額の傷は
だいぶ良くなったとの事だが、いまだに大きな張り薬がついている。
真理とは少し違うタイプだが、私にとっては奈々子も話やすい性格のよう
で、嫌いなタイプではないようだった。

 バスを降りると、目の前に小高い山が見えた。高さはそれほどでもない
が、急な上り坂が続いているのが見える。これを登っていくのは、運動が
得意ではない私には厳しいものがあった。


 その人物の家というか、事務所のようなものは山の上の崖に面した見晴
らしの良い場所にあった。その外見は工事現場にあるプレハブ小屋のよう
なもので、周りを花壇やら花といった植物で囲まれている小さなものであ
った。家の横に小さな畑があり、少々枯れかけた枝豆がちらほらと生って
いる。

 奈々子は入口のドアに近ずいて、呼び鈴のブザーを押した。ドアの横
には「猛犬注意!」の張り紙があった。

 ブザーを押してからかなりの時間沈黙があったが、ゆっくりとドアが僅
かだけ開いて声があった。

 

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「…どなた?今日は仕事は承っておりませんよ?」

 ドアの隙間から見える女性は、小柄で目だけをきょろきょろ動かして言っ
た。

「あー、急にやってきたんですけどこの前頼んでおいたー」
「今日は仕事は承っておりませんので…では失礼。」

 そう言うと女性はドアを閉めて鍵をかける。
私たちは顔を見合わせて唖然としていたが、奈々子がもう一度ブザーを
何度も押した。

 しばらくして、バタバタという慌ただしい音が中から聞こえてきて、ドア
が急に開けられた。

「…仕事は承っておりませんって言ってるでしょう!?」

 私はちらりとドアの隙間から見え隠れする女性を見た。髪型はショート
ボブの可愛らしい小柄な女性だった。ひどく慌てているらしく、息をきら
しながら私たちに言った。黒いドレスは何故か右の肩が大きくはだけてい
て、片手で押さえながら受け答えしている。メイドというよりは、ゴスっ
ぽいロングドレスを着た秘書?の女性は、明らかに不機嫌そうに私たち
を見つめている。なんだかまずい時に来てしまったのだろうか?

「ブルクハルト大学の調査を依頼した者です。博士にお会いしてお話を
うかがいたいんです!」

 奈々子は中にいる人物に聞こえるように、大きな声で叫ぶ。
しばらくして、中から返事が返ってきた。

「…入ってもらいたまえ。中で話をしよう。」

 口をとんがらがせながら、黒いドレスの女性はドアを開けて私たちを中
に招き入れた。

 

(続く・・・)