ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル  8話

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  食堂を出て人気のない廊下を進み、ある大きな窓のある場所まで来る
と、真理は突然立ち止まった。

 ここに来てから始めて見せる真理の真剣な表情に、私は緊張しながらも
彼女の言葉を待った。

「…あなたはここに来て時間が浅いから分からないと思うけど…。」

 電気の明かりもとぼしい廊下の隅で、真理は私の肩を掴んで囁くような
声で言った。窓の外は森になっていて、街灯の明かり一つ見えなかった。

「この辺りには頭のおかしな奴がいるって、かなり前から噂になってる
のよ。いくつか兇暴な事件が起きてるし…今度の行方不明事件もきっと
同じなんだわ。」
「…それは聞いたけど、私にどうして…?」

 真理は私の肩を掴む手を離すと、落ち着いて言った。

「…沙織さんあなた、奈々子さんと話したでしょう?あの子、女性徒の
行方不明事件についてずっと調べてるのよ。もしもよ?この学園の中に
犯人がいたら…凄く危険な事よ。そいつを刺激する事になるわ…。」

 もともと透き通るような白い肌を、さらに蒼白にしながら真理は言う。
私は真理が言いたい事が何なのか、なんとなく分かった。

「いい?奈々子さんが犯人探しなんて持ちかけてきても、乗っかっちゃ
だめよ?あなたが危ない目に会うのは嫌なの…」
「わかった。大丈夫、心配しないで?おかしな事に首つっこんだりしな
いわ。ありがとう。」

 真理は、ほっとした顔を私に向けた。私にとっても真理はここに来て
唯一友達といえる存在だ。ここは芸術大学ということもあり、やはり他の
生徒たちは家柄も良く、近寄りがたいところがあっていまだに仲良くなっ
た友達はいない。真理には他の子とは違い、壁のようなものがない。

「あっ、そろそろ門限だわ。戻りましょ。」

私と真理は暗い廊下を、明かりのある方に向かって戻った。

 

 

 自分の部屋に戻った私は、眠る支度を始めた。
狭い部屋には小さな洋服かけと洗面台しかないが、壁には大きな鏡がある。
その装飾の美しさは目を見張るものがあった。今は生徒数も減っているが、
創設当時は莫大なお金をかけてこの学園を建てたと聞いた。
あの理事長が若い時に、どのようにしてこれだけの建物を作る資金を手に
入れたのか興味深いが、今の私はここで芸術を学ぶ喜びで溢れていた。

 着替えをすませべッドに入ろうとした時、小さく部屋のドアをノック
する音が聞こえた。

 私は注意深くドアを僅かに開くと、すきまから見えたのは額に大きなは
り薬をつけた奈々子であった。私が何かを言う前に、部屋の中に入ってき
た奈々子はドアを閉めると一息ついた。

「ちょっと…あなた!?」
「静かに…とにかくここに隠れさせて!あなたはべッドに休むの…早く!」

 私はなんだかわからないうちに、べッドに飛び乗り布団をかぶる。
奈々子はべッドの陰に隠れてドアの方を凝視しながらじっとしている。

「…いったい何なの?」
「しっ…!黙って…起きちゃだめ。」

 とにかく私は奈々子に言われるまま、電気を消した暗闇のべッドの上で、
目だけをきょろきょろさせながら、何が起きるのかを待った。

 

 

 


著作権フリー 商用利用可能 な 【効果音】 足音

 

 

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 …しばらくして、門限を大きく過ぎた寮の廊下をこつこつと歩く足音が響
いてきた。それは段々近ずいてきて、私の部屋の前まできて止まった。

 私は目を開けて部屋の入口を見る…。
ドアの隙間からちらちらと動く影が私にもハッキリと見え、何者かが部屋の
外にいるのが分かる。

 と、ドアのノブが小さな音を立てて回り、ゆっくりとドアが開く音が聞こ
えた…。私は恐怖のあまり、目をつむりけっして開けなかった。
暗い部屋の中に廊下の明かりが漏れ入るのが、閉じたまぶたの上からでも
分かる…。

         ……ほんの十数秒だろうか?

 またドアはゆっくりと閉じ、部屋の中は暗闇に戻った。だが、私はまぶたを
開ける事はしなかった。

 なぜなら、もし目を開けた時、目の前に何者かが立っていたらどうする?
ドアを閉めたのは外に出たのではなく、中にいるのだとしたら?

 だが、幸い廊下には遠ざかる足音が聞こえてきて、段々に足音は小さくな
っていき、やがて聞こえなくなった…。


「…はあ!ありがと…恩にきるわ。」

 べッドの下に隠れていた奈々子が身体を起こして私に言った。私はドキドキ
しながらべッドの下の奈々子に向かって震える声で言う。

「…ちょっと…今の誰なの!?あなた見た?」
「さあ、わかんない。でも…私を狙ってきたのには間違いないわ。」

 私は震えながら話す奈々子を見ていて、彼女が本当に恐怖しているのが解
った。友達を探そうとしているのも、きっと本当なのだろう。彼女の真剣な
顔がそう物語っている。

「ねえ…、いったいここで何が起きてるの?」

 少し落ち着いてきた奈々子に私は聞いた。しばらく考えていた彼女は、小さ
い声で語り始めた。

「…あなた、結社の存在を信じる?」

 奈々子の唐突な言葉に、私は驚きつつも答える。

「結社って……魔女とかそういう信仰的なやつ?」
「そう。反社会的な考え方を持っていながらも、この社会の中に溶け込んで
生活している連中よ。奴ら秘密を守るためなら人の命を奪う事くらいなんで
もないっていう恐ろしい人たちなのよ…。」
「…まさか、この学園の中にそういう人がいるっていうの?」

「この学園そのものだわ…。」

 私は意外な奈々子の言葉に戸惑いつつも、たった今この部屋にやってきた
何者かを思うと…たしかにおかしな連中がいるのかも知れないと思った。

「私ね、入院中に”ある人”に調査を依頼したの。そうしたら理事長が昔、
スイスのある結社に所属していたって事が解ったのよ。でも、当時病気で娘
さんを亡くした理事長は、日本にやってきてこの学園を始めたんですって。」
「…理事長が魔女?ちょ…なら、この学園の講師や食堂のおばさん、生徒も
みんな結社なの?」
「生徒までは解らないけど、その親は結社に関わりがあるのかも…。大物の
政治家や企業家の子供もここにはちらほらいるから。講師は雇われもいるか
ら全部とはいえないかも知れないけど…。」

 私はそれを聞いて愕然としながらも、一概に嘘だということも思わなかっ
た。なぜなら、これだけの学園を建設した豊富な資金が何処から出たのか…
理事長が政治家や企業家の集まりに顔を出す事も、理由としては辻褄が合う
のだ。だけど…

「…それを聞いただけじゃ全部信じるわけにはいかないわ。なにか…」
「判ってる。だから明日その”ある人”に会う事になってる。あなたにも
一緒についてきてもらいたいの。でないと私たち…」

 言いかけて奈々子は口を閉じたが、私にもその先の事は想像がついた…。
もちろん、確かめるためには私も行かなくてはならないだろう。しかし、
その”ある人”というのは一体何者だろう…?


 私は窓の外の、白く稲光する雷の光をじっと眺めていた。
 


(続く…)