ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル 6話

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  数日が経ち、本格的に絵の講義を受け始めた私は充実した日々を過ごして
いた。体調は本調子とはいえなかったが、もともとそれほど健康的ではない
私は、ここでの日々の方が絵の勉強が出来るのでむしろ調子が良かった。

 須永先生の講義は多少無口なほうではあったが、その指導は繊細かつ的確
である。本格的な技術を学べる事に私は大きな喜びを感じ、事故やら奇妙な
出来事などは徐々に忘れていったのだった。

 この絵画の講義を受ける生徒は、僅かに数名ではあったが、それも私にと
っては好都合であり、より技術の習得に集中できた。
クラスの連中には数カ月分の遅れがあったが、今は須永先生に私だけの課題
を与えられている。キャンバスに一枚の絵を描く事だった。

「…今のあなたが一番想い描くものを書いてごらんなさい。あなたの力量が
見たいの。」

 私はしばらく悩んだが、キャンバスに描き始めたのは時折夢の中に出てく
る「白く長い廊下」であった。
小さな頃から私の心に浮かぶこの、白い廊下とその世界。安らぎとも違和感
ともいえるその絵を描いてみようと思った。

 

 その絵を描き始めて二日経ったその日、いつものように美術室で絵を描い
ている時だった。講義中に扉が開き、一人の女性徒が中に入ってきた。

 最初に女性徒に気がついた須永先生の顔は、一瞬驚きにも似た表情を浮か
べた。

 私は振り返ってその女性徒を見た。額に大きな張り薬をしたその女性は、
私のそばまでやってきて、チラリと私の顔を見つめた。私も下から見上げる
ように、彼女を見つめた。

 私よりも少し背が高いその娘は、怪我をしてはいたがその美しさを損なっ
てはいなかった。髪も長く、私から見ても非常に魅力的な娘だ。
だが、表情に奇妙なものが現れているような気がした。
 何か、怒りとも恐怖ともつかない何かが…。

「奈々子さん…傷はもういいの?」
「はい。傷のほうは大したことありません。講義に出たほうが気が紛れるの
で…。」

 須永先生はその奈々子という女性徒を自分の席に座るように言って、講義
を再会した。たしか奈々子って娘は…あの日私の目の前で倒れて、気を失った
あの…。

 あの時の事を思い出そうと、私は記憶をたどる…。
だが、不思議とあの時の事が今の私には思い出せなかった。

 その講義中、奈々子という女性徒は時々私の方をちらちらと見つめていた。


 午後の講義が終わり、荷物をかたずけている時だった。
私の後ろにやってきた奈々子は、小さな声で呟くように話した。

「…あなた、沙織さんっていうんでしょ?話したい事があるの…夕食の前に、
東の中庭の入口に来てくれる?」
「…いいけど、話って何なの?」

奈々子は注意深く辺りを見回しながら、囁くように私の耳元で言った。

「……白い蛇よ…!」

 私はその言葉を聞いて、一瞬くらりとめまいのようなものを感じた。

 

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 日が暮れ始めた時刻に、私は奈々子という女性徒に言われた場所にやって
きた。

 東側の中庭は、目の前には黒々とした森が広がっている。辺りはすっかり暗
くなりつつあり、カラスたちがぎゃあぎゃあと鳴きながら住処へと戻っていく。
ほとんど人など来ることがないこの中庭は、手入れが施されてはいなかったが
、あちらこちらに古めかしい彫像や装飾を施した花壇の跡が残っていた。
 ひときわ大きな天使の像が、夕暮れ時の庭に長い影を作っていた。
よく見ると、その天使像には頭が無かった…。

 遅いな?と、思った時、暗い廊下を小走りでこちらにやってくる人影があっ
た。奈々子である。

「…ごめん、遅くなったわね。誰が味方で誰が敵か分からないから…。誰にも
見られないようにここまで来たのよ。」

 そう言うと奈々子は私の腕を掴むと、さらに暗い校舎の影に連れて行く…。

「…ちょっと!どこまで連れてくのよ?それに、誰が敵か分からないって…
どういう事?」
「…ここよ。いいからまずこれを見て?」

 奈々子が連れてきたのは、中庭の外れの古めかしい校舎の壁際だった。そし
て、ある場所をペンライトで照らすと何かの文字か絵のようなものが見える。

「…これは…見た事ある。」

 それは私が迷って入り込んだ、例の奇妙な通路に描かれたものに似ていた。
白い大きな蛇である…。

 あそこで見たものに比べれば、ずいぶん小さくいたずら書きのようなものだ
ったが、間違いなく同じものであった。

「あなたこれを見たでしょ?奇妙な文字だらけの壁に…。」
「でも…これが何だっていうの?あなた一体…!?」

 こんな人気のない暗い場所で、私はなんだか怖くなってきて、少し強い口調
で彼女に言った。

「…私もあの場所で同じものを見たのよ。その後、階段から誰かに突き落とさ
れたの…!」

 奈々子は怪我をした頭を押さえながら言った。

 

 


 すっかり暗くなった森の入口に、この日も車を止め警部補は見張りを続けて
いた。

 ここ数日この辺りをうろつく不審者がいるのは分かっていたが、その足取り
は掴めていなかった。今日こそはその手掛かりを掴もうと、張り込みを続けて
いたが…


    …どうやら向こうさんもこちらの動きに気ずいたらしい…。

 

 すると、森の小高い丘の上に人の影が月明かりで長く伸びているのが見えた。
警部補はその影の伸びている先の方を見つめる。


 そこにはハッキリと二つの人影が、長いシルエットとなって伸びていた。
一つは先日この目で見た、黒いフードつきの人影である。
それは、夜の闇に紛れて見えなくなった…。

 

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    (続く…)