ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル 5話

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 前回までのあらすじ・・・

 ブルクハルト芸術大学へとやってきた沙織は、その日女性徒が転落
するという事故に遭遇した。同じ頃、学園内の生徒が行方不明とな
る事件が起きていたが、足取りは不明であった。
沙織は学園内を見学中、不可解な現象に遭遇し倒れてしまうのだ
ったが・・・。

 

 


  ぼんやりとした記憶の中で、私はいくつも夢を見ては眠りについた。
目を覚ました時もなんだかぼやけていて、聞こえてくる音は水の中にいる
かのようで、何もかもがこもっていた。

 大勢の人が、入れ替わり立ち替わり私のそばに訪れたようだったが、私に
は聞こえる音と同じく、水の底から上を見上げているような感じであった。
ゆらゆらと揺れる水面に人の影がちらちらと映り、そしてまた別の影が映
る…。


 夢の中で私は、真っ白な廊下を歩いていた。
まるで別の色が含まれない、真っ白な場所。私は何も考えず黙々とその廊下
を歩いて行く。
とても静かで穏やかな、何もない真っ白な場所…。

 どこまで続いているのか?

 私にはその行き先がなんとなく分かっていた。
小さなときから私は喘息で入退院を繰り返していた。そのたびに意識を失う
事も一度や二度ではなかったが、その時何度か同じような夢を見たのだ。

 何もないが静かで穏やかな…その先には淡い光が見える。
暖かな淡い光が…。
でもいつも、途中で私は足を止めてしまう。後ろを振り返り、来た道を見つ
めてしまうのだ。


 と、不意に目の前に大きな二つの光が輝いているのが見えた。
ぎらぎらと輝くその緑色の光は、巨人の目のように巨大で強烈な力を放って
いる。私はその緑色の二つの光を見ると、金縛りのように身体が動かなくな
ってしまった。

 まるで、蛇に睨まれた蛙のように…。
しかし、その怪しげな輝きも黒い影のようなものに覆い尽くされ、全てをかき
消してしまった。

そうして私は、またも深い眠りに落ちて行った…。

 


 目を覚ますと、目の前には真理の顔があった。

「あっ、沙織さん!あなた大丈夫?」
 私はゆっくりと目を開けると、急に明かりが飛び込んできた。
なんだか頭の後ろがずきずきしていたが、私はべッドの上に上半身を起こした。

「あたし…どのくらい眠ってたの?」
「うんとね…二日ね。丸二日眠りっぱなしだったわ。もう起きないんじゃない
かと思っちゃったわ!」

 そう言うと真理は私の視界から横に身体をずらす。真理のいたその先には、
一人の初老の女性が立っていた。私はその女性に会うのは初めてだったが、その
顔には見覚えがあった。大理石の様に美しいへーゼルグリーンの瞳…。

「あなたが沙織さんね?私は理事長のブルクハルト、あなたが来るのをお待ち
しておりましたよ。」

 理事長は歌うように言って私の手を取り握手した。その物腰、態度はとても
上品で、とても六十になろうとは思えないほど美しい。
おまけにドイツ人でありながら、日本語も流ちょうに話している。
忙しい合間、偶然こちらにやってきたそうである。
須永先生の絵を見た時のような、胸騒ぎのような雰囲気はまるで無く、やわら
かな笑顔は私を落ち着かせた。

「聞いてますよ、あなたこちらに来たばかりで大変な事があったそうですね。
おそらくそのショックで…」


 理事長が言いかけた時、私の部屋のドアが開いた。
「おっと、理事長さんこちらでしたか。」

 私の狭い部屋に入ってきたのは、大きな腹をした警部補であった。部屋の中
は三人入るだけで満杯である。こんなとこまでやってくるとは、なにか事件に
進展でもあったのだろうか?

「実はですな、例の階段から突き落とされた…いや、失礼。階段から落ちた
女性徒ですが、どうやら意識が戻ったそうです。もちろんその時の事を窺いに
行きましたが…何も覚えとらんそうです。」

 警部補は私の方を見つめながら話した。理事長は顔色一つ変えずに警部補の話
の先を待っている。

「そこで現場に居合わせたあなたに、また話を窺いに来たというわけですが、
何か思い出せませんか?階段から落ちた時…」
「…警部さん、この子は目覚めたばかりですの。しばらくそっとしておいて
いただけませんか?お話なら、私があちらで窺いますわ。」

 理事長が私の方をチラリと見て微笑む。私の事を思っての気使いであろう。
実に生徒思いの理事長で、私は安心した。

「…そうですな。またの機会にするとしましょう。」

 警部補はチラリと私の方を見てから、残念そうに理事長と部屋を出て行った。

 


「やっぱり素敵ね、理事長。」

 一人部屋に残った真理が、理事長達が出て行ったドアに向かって言った。

「そうね、素敵だわ。」

 私は素直にそう思ってべッドから身体を起こした。丸二日も眠っていたと
いうのだから、身体のあちこちが硬くなっている。伸びをして窓の外を見る
と、すでに陽は沈んでいた。

「理事長は昔、フランスで彫刻を作ってたのよ。間宮先生に教えたのも理事長
なの。若いころは世界中旅して歩いたそうよ。間宮先生が私の先生なんだから
、理事長はさしずめ「神」ね!」

 私は真理の話を聞きながら部屋の中を見回す。べッドの隣の台に夕食のトレ
イがあり、その隣にコップに入った赤い液体があった。私はそれを掴み、自分
の目の位置までもってきて覗きこむ。

「ああ、それ食堂のおばさんが作った栄養ジュースよ。私も飲んだことあるか
らわかるけど、凄く効くのよ?」

 それを聞いて、私はコップの液体をいっきに飲み干す。

「…ちなみに言うと、凄くまずいわ。」

 真理がそう話すと同時に、私は小さくむせこみ、ジュースを吹き出した。

「それを早く言ってよ…。」

 けらけらと真理は笑いながら、私の背中をさすった。

 

 

 


 警部補は、すっかり暗くなった学園の入口の横で、ライトを消したままの
車に乗り込んだまま身じろぎもせずにいた。

 しばらくして、おもむろに助手席のかばんから古びたファイルを出すと暗い
車内の中ではあるが、あるページでめくる手を止めた。
懐からあんパンを取り出すと、袋を破きむしゃむしゃと食べながらファイルの
ページを読む。

 

1988年3月16日

 「 …ブルクハルト学園内の山林で、女性徒の一人が行方不明。失捜事件・
 あるいは殺人事件として認定。というのも、林で血痕つきの衣服が見つか
 っているが、犯人あるいは容疑者は見つからず。 」


1997年7月4日

 「 …同学園内において、女性講師の一人が行方不明。不審な行動から学内
 の警備員を連行したが、動機・証拠を見つける前に取り調べ室にて怪死。
 男の死因は心臓発作によるものらしい。女性講師は見つからず。」


 その他、この学園に関わる出来事は、大小数え上げればきりがないらしい。
 

 警部補は深いため息を吐いて、ファイルを閉じた。たしかに今日会った理事
長は聡明な人物で、社会的にもりっぱな人物だ。しかし、これだけの事件、不
可解な出来事がありながら、何十年と学園を運営してこれたのは一体どういう
訳だろう?この町の警察が、見逃がしてきたというのなら筋は通るが…それは
あり得ない。なら…

 (何かここには秘密があるはずだ…それを暴かなければ、いずれまた犠牲者
を出すことになるのだ。)

 そんなことを考えつつ警部補が思ったのは、食べているのがあんパンではな
く、チョコパンだったという事だった。

「まてよ、あれは…。」
 真っ暗な学園の、大きな門柱の辺りを何かがうごめいた。周りは林になって
おり、道路は一本道で乗っている車の横を通らなければ門柱まではいけな
いのだ。それは黒いフード付きの服を着込んだ人のようであった。
と、するならそいつは林を抜けてやって来たというのか?

 全身黒ずくめのフードの人物は、夜の闇に大きく浮かぶブルクハルト学園を
眺めるように佇んでいた。

 

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    (続く…)