ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル 4話

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  その部屋は美術室の一つだったが、おもにこの女性、須永講師のアトリエ
であった。中にあるのは彼女の作品ばかりで、たくさんのキャンバスに描か
れた絵が置いてある。私はしばらくその部屋の絵を鑑賞していた。

 

「…ここにあるのは、ほとんどの絵がまだ完成していないの。」

 淡い色を基調にした絵の数々は、私にはもう完成しているのではないかと
思える出来栄えだった。色鮮やかな色彩…命溢れるその作品たちに感嘆の声を
あげた。

 これからこの講師に絵を習うのかと思うと、緊張もするが、素晴らしい喜
びも感じた。

 

 黙々とキャンバスに色を塗っている須永講師は、ウエーブのかかった髪は
長く、そしてかなり長身であった。その容姿も神秘的な雰囲気を醸し出して
いて、どこかまじない師のような美しさがあった。先ほど会った、間宮講師
とは正反対のタイプに見える。歳の頃は三十くらいであろうか?

 

 


ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」 Ravel "Pavane"

 

 

 部屋の中には静かなピアノの曲がテープから流れていた。私にはよく分か
らないクラッシックの音楽であったが、なんだか聞いていると心が安らぐよ
うな、そんな曲だった。

 

 ふと見ると、部屋の隅に一枚の肖像画があった。
私はそちらに歩いていって、そのキャンバスに描かれた肖像画を見つめた。
おそらく外国人と思われるその容姿を見たとたん、私は何か鳥肌がたつよう
な気分を感じたのだ。

 もちろん、特別におかしな特徴があるわけでもない肖像画である。普通の
外国人の容姿であるその肖像画の何に、私は鳥肌がたつような気分を感じた
のだろう?

「…理事長よ。数年前に私が書いたものなの。どうかして?」

 私は首を横に振ってその肖像画を手に持って眺める。
大きく開かれた目に何かの力のような物を感じた。そのへーゼルグリーンの
瞳を見つめていると、吸い込まれそうな気分になる…。

「あの方は不思議な人だから、無理もないわね。」

 須永先生は、私の気分を洞察したかのように言って笑った。

「…理事長は戻られないんですか?」
「忙しい方ですからね、理事長は。先週も政治家の方々の集まりにも顔を出
したり、企業家の方々の寄り合いにも参加しておられますから…。でも理事
長は忙しい中も、ここへは必ず戻られますわ。」

 先生の意外な言葉に少々驚きつつも、理事長が戻ると聞いて安心した私は
、その絵を元の場所に戻そうと下に置いた。

 …と、その不思議な眼差しを、何故か私には見覚えがあるような気がして
妙な気分になった。たしかに私はどこかで、この眼差しを見ている気がした
のだが…。

 

「…あ、沙織さん、ここにいたの?」

 見ると部屋の入口に真理が立っていた。私を見つけた彼女は何故か部屋の
中には入ろうとせず、入口に手をかけたまま私に言った。

「ちょっと用事が出来たのよ。案内はまた明日ってことになって…ごめんな
さいね?」
「ああ、気にしないで。一人でぶらぶらと見学しますから。」

 私がそう言うと、真理は小さく笑いかけてくれ、入口から廊下に戻っていく。

 

 真理が部屋から去ると、須永講師が私の近くにやってきた。何か辺りを気に
しながら私に小さい声でささやく。

「…ところであなた、昨夜事故の時近くにいたそうだけど…。」
「…はい。いましたけど…。」

 彼女は腕を組んだまま、しばらく思案するように黙っていたが、またもささ
やくように言った。

「ここ最近この辺りで、生徒が行方不明なのはあなたも知っているわね?」
「はい。伺いました。」

 須永講師は、ちらちらと入口の辺りを気にしながら話す。

「…私はこの学園の中に、人さらいがいるんじゃないかと思っているの…。
消えた子も実は私の教え子で、いなくなる前に私に相談に来たわ。いつも誰か
に見張られている気がするって言ってたの…。」
「…それが嫌でここを出たんじゃないですか?」

「だといいけど…あなたも十分気をつけるのよ?警察の方も動いているようだ
から、いずれ解決するはずだし。それまでの事だから…。」
「分かりました、ありがとうございます。私は部屋に戻りますね。」

 

 彼女に挨拶をして、私は彼女の美術室を出た。

 

 

 

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 部屋に戻ろうと、私は来た道を引き返していたのだが、またも見知らぬ場所
に出てしまった。私ってものは、方向音痴の気があるようだった。
いくつかの角を曲がり、扉を開け、気がつくと私はまるで人の気配のない場所
に立っていたのだ。

 ほとんど生徒の姿も見えず、廊下も粗末な作りになっていて、古く痛んでいる。
レンガや石で出来た壁の廊下は、明らかに元の校舎とは別種のものだ。

 その薄暗い廊下を歩いていると、所々に何かの文字が刻まれているのが見えた。
英語のスペルのようだが、普通の読み方では言葉になっていない。私は英語なら
ば、そこそこ読み書きには自信があるのだが、一つとして読めるものはなかった。
恐らく普通の英語ではないのだ。

 そして廊下の突き当たりまで来ると、壁一面に文字が掘られていて、そこに
大きな蛇の姿が描かれていたのだ。

 

         白い色をした大きな蛇…

 それは壁に掘られたただの絵でしかないのだが、その白い蛇を見ていると何
か得体の知れない寒気を私は覚えた。蛇と言ったのは、それしか私には表現で
きなかったからであって、それが蛇なのかどうかは私には判別できなかったの
だ。いずれにしても、何か記憶の底から沸き起こる潜在的な恐怖を感じさせる
ものがその絵にはあった。

 その目に緑色の石がはめ込まれていて、それを見た私はなんとも嫌な気分にな
ってきた。何か急に目の前がかすみ、激しい頭痛が襲ってきた。耳障りな雑音の
ようなものが、私の頭に直接流れ込んでくるような激しい頭痛…。
その目にはめ込まれた石が、時折ちかちかと光っている。

 私はその場にいるのに耐えられなくなり、おぼつかない足取りで薄暗い廊下を
戻り始める。その間、絶えず私の頭に耳障りな雑音や、不気味な笑い声がこだま
していて、頭がパンクするのではないかと思うほどだった。
どうやって元の校舎に戻ったのか、よく覚えていなかったが、私は食堂近くの
廊下によろよろと倒れ込んだ。


「おい!君、大丈夫かい?」

 私は霞む目をなんとか開けて、近ずいてきた人物を見た。
倒れ込む私の身体を支えてくれたのは、先ほど食堂で見たラガーマンTシャツ
を着込んだ騒々しい男だった。

 私を抱き起そうとする彼の騒々しい行動は、周りの生徒たちみんなに注目を
与えてしまっていた。あちこちから生徒が集まりだし、私の周りに人だかりが
できる…。またしても私は他の生徒たちに、あらぬ注目を浴びてしまうのだ。

 

 薄れゆく意識の中で私が感じたのは、支えているのが何でこの男なんだ…
という、断腸の思いであった。

 

(続く・・・)