ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル 3話

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  目を覚ますと、明るい日差しがたっぷりと飛び込んできた。
小さなべッドから身を起こすと、沙織は見知らぬ部屋にいることに気ずく。
そして広くない部屋の、洗面所の前に一人の女性が立っていて、私が起き
た事に気がつくと、こちらに向き直って話かけてきた。


「ああ、おはよう沙織さん。」

 茶色のウエーブがかかった髪を揺らしてこちらに振り向いたのは、真理と
いう女性徒だった。昨夜見た彼女は、ここの寮長ということもあってか、ず
いぶんとしっかり者に見えた。今年で二年目だと聞いた。

 私は昨夜、どのようにしてこの部屋に来て眠りについたのか?良く覚えて
いなかった。たしかコーヒーを飲んだ辺りまでは覚えているのだが…。その
後のことは覚えていない。


「あなたコーヒーを飲んだ後に眠っちゃって。きっと先生のブランデーの
せいね!未成年者にお酒飲ますなんてどういう先生なのかしら。」
 そう言って笑って見せた真理は、ずいぶん幼く見える。

「…ここは?」
「あなたの部屋よ。昨夜ここまで運ぶのは大変だったんだから。荷物もここ
に運んでおいたから。」


 部屋の中はシンプルで狭かったが、寮なのだから文句は言えない。一人部
屋というだけでもありがたいものだ。

「ありがとう。色々とお世話掛けちゃって…。」
「いいえ、これも寮長の仕事の内よ!あ、それと今日は日曜で講義ないから
朝食の後で学内を案内するわ。」


 彼女はそう言うと私の部屋を出て行った。
私はべッドから身体を起こすと、着替えを始めた。たしか食事は八時のはず
だ。急がないと遅れてしまう。

 部屋を出る時、ドアの鍵が壊れている事に気ずいたが、その時の私は特に
気にしていなかった。

 

 


 私は長い廊下を歩いて食堂に向かったが、日曜だからなのか生徒の数は少
なかった。

 だが、すれ違う人皆が私の顔を見るなり顔をしかめて何やらひそひそと話
しながら遠ざかっていく…。

 

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 昨夜は気ずかなかったが、廊下の装飾の美しさは目を見張るものがあった。
ロココ調をふんだんに使った贅沢なもので、少ない学費でこれだけの校舎で
芸術を勉強できる生徒にとっては素晴らしい環境だと思った。

 中でもとりわけ素晴らしいのは、白を基調とした女性の彫刻である。この学
内のあちらこちらに置いてあるこれらの彫像は、みな同じ人が作ったものであ
ろうか?

 食堂に入ると、ここでもすれ違う人たちの私へのよそよそしい態度は変わら
なかった。

 私はカウンターで食事を受け取ると、なるべく人の少ないテーブルへと向かう。
見ると真理が窓際のテーブルで食事を取っていて、私の姿に気がつくと手まね
きした。


「昨夜の事故の時あなたがいたもんだから、みんな何か勘違いしてるんだわ。
まあ、すぐに誤解も解けると思うし、気にしないでね?」

 真理はそう言うと周りを気にせず食事を始めた。私もテーブルに朝食のトレ
イを置くと真理の向いに座った。

 朝食は、ロールパンに野菜のスープ、白身魚のフライとデザートには果物の
クリームあえがついた。

 私は広い食堂内を見回しながら食事をとった。
人が少ないながらも、そのほとんどが何やら私の方をちらちらと見ながら話を
している。たしかに、遅れて入学してきたその夜に事故の現場に居合わせたの
だから、陰口を叩かれるのも無理はないが、気持ちの良いものではなかった。
 
 私は窓の外の大きな木を見ながら食事をとっていると、別のテーブルで食事
をしていた一人の男性がこちらにやってきた。

 ガタイの大きな男は、なんとも騒がしげに私たちのテーブルへやってくると、
食事のトレイを私の隣に置いた。

「よっ!真理ちゃん。新しい娘ってこの子かい?」
「ちょっと…朝から騒がしいわね…。もう少し静かに出来ないの?」

 真理は眉をひそめてその男に言ったが、彼はまるで気にした様子もなくその
場で食事を始めた。彼の食事は私たちの二倍の量だった。この男のせいで私は
はまたも注目を受けてしまった。


「昨日やってきた眼鏡の可愛い子ちゃんに挨拶しとこうと思ってね!俺は二年
の沢井亮。んで、真理は俺の彼女だ。よろしくな。」
「…誰が彼女ですって?沙織さん、気をつけてね。この人誰にでも同じこと言
うんだから。」

 私は愛想笑いを浮かべながら、この少々ガサツな男を見た。
芸術大学生とは思えない体格と、不釣り合いなラガーマンシャツを着込んでい
る。とにかく何をするにも、動作の一つ一つが騒々しかった。

「ああ、ところで真理。昨夜の娘はどうなったんだ?奈々子って言ったっけ?
可愛い娘だったなぁ。」
「…頭を打って入院したわ。幸い命には別条がないそうだけど、当分ここには
戻らないんじゃないかしら…。」

 その真理の言葉で、私は昨夜の出来事を思い出す…。暗く長い階段から落ち
た女性徒。そして階段の上の動く影…。

 そんなことを思い出してるうち、なんだか食欲がなくなってきた。
私は食事の手を止めて、窓の外を眺める。そんな私の気配をさっちしたのか、
真理は沢井という男をテーブルから追い払う。

「はいはい、向こう行きますよ。じゃあ、沙織ちゃんまたね!次はデートで
も…」
「ほら、向こう行きなさい!」

 騒がしい男が元のテーブルへ戻ると、真理は片方のまゆげを吊り上げてか
ら、また食事を始めた。私はあることを思い出し、彼女に聞いた。

「あの、廊下にある白い彫像…、あれ誰が作ったんですか?」

 それを聞いた真理は食事の手を止め、目をまん丸にして私を見た。それか
ら私の後ろを指さして笑う。

 振り向くと一番奥のテーブルに昨夜会った間宮先生が食事をとっていた。
こちらに気がつくと、小さく手を上げて笑いかける。彼女は片ひじをついて
食事をとっていたが、皿の中は、果物のあえものだけが山盛りだった。


「間宮先生は彫刻専門なの。まあ、私も彫刻なんだけどね。先生の彫刻はほん
とに素晴らしいわ!私もあんな彫刻作りたいのよね。」

 そう言って真理は目をきらきらさせながら間宮先生を見つめた。
たしかに、絵が専門だったが、あれだけ美しい彫刻の素晴らしさは私にもよく
分かった。

「あ、沙織さん、先に部屋に戻ってて。私ちょっと先生に聞いときたい事が
あるの。いい?」
「うん。じゃ、先に戻ってますね。」

 

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 私は食器のトレイを持ってカウンターに戻った。
カウンターの奥には、エプロンをつけた大きな身体のおばさんがいて、新顔の
私を見つけると声をかけてきた。

「おやおや、あんた残してるじゃないか。食欲ないのかい?」

 にこにこと笑顔の可愛らしいおばさんは、カウンターから身を乗り出して私
に話かけてきた。

「ああ、ちょっと前まで入院していたもので。そのせいかな?」
「そうかい。ならこれからあんたの部屋に健康ジュースでも持ってってあげる
さね!私のは良く効くよ!」
 私はお礼を言うと食堂を後にした。


 私は自分の部屋に戻ろうと、長い廊下を歩いていたが、どうもさっきの廊下
とは違う場所に来てしまったようだった。とにかくこの学内は広く、そして
複雑な構造をしていた。あちこちうろうろしていると、私はある部屋の入口ま
でやってきた。その部屋を覗くと、一人の女性が大きなキャンバスに絵を描い
ていた。部屋の中には静かなクラッシック音楽がかかっている。


 長い髪にウエーブのかかった女性は、こちらを振り返らずに立ちあがると私
に向かって言った。

「…入っておいでなさい?」

 私は少し緊張気味に部屋の中に入った。

 

(続く・・・)