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灰色のシュプール 5

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 二階部分は中央に廊下があり、両脇に五つずつ十部屋が並んでいる。
ロビーから階段を上がって、ロッジの二階へとやってきた私たちだが、
やはりここも真っ暗闇であった。唯一の明かりは携帯の僅かな明かりの
みである。

 と、私たちの背後から青白い強烈な光が灯り、二階の廊下を照らし出
した。振り向くとぼうずの男が手に小さなペンライトを持って立ってい
る。

「…仕事柄いつも持ち歩いてるんだよ。朝の配達は真っ暗だからね。」

 小さな声で言うと、ぼうずの男は私たちの前を歩いて廊下を進む。
亜衣子がいる部屋は私と同じ、104号室である。

「この部屋よ…亜衣子がいるのは。」

 そう言ってドアの前で止まった私たちは、一階と同じく何の物音も聞
こえない事に奇妙なものを感じた。ドアには中から鍵がかけられていたが、
鍵は私が持っている。中の亜衣子が休む前に鍵をかけたのだろう。
ミッキーが隣の自分の部屋を先に覗いたが、特に何も異常はなかった。

 私はポケットの中の鍵を取り出すのに一瞬躊躇した。
もし、中で亜衣子が倒れていたら……?あるいは何者か知らない者が潜ん
でいたらどうする…?

「…私が開けようか?」
「ううん、大丈夫。」

 ミッキーが廊下に戻って来て言ったが、私は鍵を取りだしドアにさした。

 鍵を開けてドアを開き、真っ暗な部屋の中をライトで照らす…。
小さな小部屋にべッドが二つ、外が見える小さな小窓にはしっかりと鍵が
かけられている。

 べッドの下には私のカバンと亜衣子の荷物が置かれてあり、出掛ける前
となんら変わりはないように見える。私が心配したようなものは無かった
が、そこにはさらに奇妙なことがあった。

 中から鍵をかけているはずの亜衣子がいなかったのである…。

 

「あの子どこに行ったの…?」

 亜衣子が休んでいるはずのべッドはもぬけの殻だった。
かけていた毛布が半分だけ下に落ちていて、狭い部屋を隅々まで捜したが
亜衣子が隠れられる場所などあるはずもなかった。外への窓も、中から鍵
がかけられている…いわゆる密室状態である。

 私たちはべッドに腰かけ、あっけにとられていたが、ぼうずの男は窓や
部屋の隅々をライトで照らしては調べていた。

「何か分かりましたか?探偵さん。」

 ミッキーが冷やかすようにぼうずの男に言ったが、彼は無言で部屋を出
て行った。

「ねえ、これいったいどういう事?」

 部屋の中でぼんやりと座る私にミッキーは言ったが、何も答えられずに
私は彼女の顔を見る。ミッキーの表情は恐怖のせいなのか、こわばって見
えた。

「さあ、分からないわ。でも…」

 そこで言葉を切り、私は思った。
これまでも、自然の力や停電などでパ二ック状態であったが、今この鍵の
かけられた部屋に亜衣子がいない状況に、私たちは想像以上に不可解な出
来事に遭遇しているのではないか?たんに、救助を待てばよいのだという
ことではすまないのでは?と…そんな思いに駆られ私は身震いした。

 人が中から鍵をかけた部屋から、忽然と姿を消すなんて事があるのだろ
うか?それも、僅かな時間に十数人もの人間がこのロッジから姿を消した
のだ…。
 
「お、おい!ちょっと来てくれ!」

 他の部屋を見て回っていたコジが、私たちの部屋に慌てて飛び込んでき
た。コジは私たちを二階部分の廊下を通り、一番奥の洗面所へと案内した。

「どうしたの?何か見つけたの!?」
「…ほら!これを見てくれ…。」

 そう言ってコジは洗面所の床にライトを当てる。
暗い中でもライトの光に反射するのは、赤黒い液体で、床の上に点々と続
いている…。

「…これって血だよな…?」
「ちょ…!それじゃ誰か怪我でもして…」

 コジは床に続く僅かばかりの血痕を追いながら、ライトで照らすと、そ
の明かりの先には、壁際に頭を下げ座りこむように一人の男が倒れていた。
私たちは悲鳴を上げた。

 

 

「見たところ血を流すほどの傷はなさそうだけど…」

 ぼうずの男がペンライトで照らす男は、壁際に座りこむように死んでい
た。私はぼうずの男の後ろに隠れるようにしながら、その死体を見る。
頭を下げているが、その顔には深い切り傷のような跡が見えた。バスの中
や、ロビーで会ったあのトランクケースの男である。

 何か恐怖で凍りついたように、大きく目を見開き口を開けたまま男は死
んでいた。

「この人…バスの中で見たわ。大きなトランクを持ってて…」
「ああ、いたね。私が見た時には小さな女の子も一緒だった。」

 私はゲレンデに出る前に出会った、あの小さな少女の事を思い出す。
とても愛らしい少女…彼女もこのロッジの人達のように、消えてしまった
のだろうか?

 ロッジの中で初めて見つけた人が死体で見つかった事に、私はショック
を受けた。不可解な出来事で人がいなくなったのだということは認識して
いたが、まさか死体で見つかるとは思っていなかったからだ。
あるいは、男は殺されたということもある…。

 もしもそうだとするなら、私たちはとても危険な状況にあると言えるの
ではないのか?何故なら、この男を殺した者が、このロッジの中にまだい
るかも知れないからである…。

 でも、ならば残りの人々はどこにいるのか?そして何故この男だけ死体
で見つかったのか?

 顔に傷のある男が倒れ込んでいる真上の小窓が開いていて、ロッジの中
に雪が吹き込んでいる。ロッジの中は暖房が切れているとはいえ、外にく
らべればまだ暖かく、吹き込む風は非常に冷たい。
ぼうずの男は、小窓を閉めて言った。

「…ロビーに戻ろう。」

 と、死体の傍に何かが落ちていた。
ライトを当てると、それは革で出来た財布であった。

「あっ、これ私んだ…でも何でこんなとこに?」

 ミッキーは財布を拾うと、自分のポケットにしまい込んだが、財布につ
いていた僅かな血が指についてしまう。

「あぎゃっ!?」

 嫌な顔をしてミッキーは近くのカーテンで指を拭い、ロビーへ引き返す。
その後を私とぼうずの男も続いて、死体のある洗面所を後にした。

 

 

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「…駄目、やっぱり電話は繋がらないわ。このロッジの異常を感じて救助
を出してくれるのを待つしかないわね…。」

 事務室から戻った吉井さんはそう言って腕の時計を見た。針は一七時を
過ぎたところである。外はすっかり日も落ちて、辺りはすっかり闇に包ま
れていたが、それにも増して吹雪は激しさを増している…。

「とにかく、いずれはここの異常に気がついて救助を送ってよこすはずだ
から、待つしかないわ。」

「おいおい、殺人鬼がいるかも知れないとこで一晩過ごせっていうのか?
冗談じゃないぜ!?」

「…でもこの吹雪じゃ、山を降りる前に遭難して凍死してしまうわ。それ
に、道は雪崩で塞がってるのよ?」

 大きな声で文句を言うコジに、私が言った。
もちろん、彼の言う事ももっともな話で、ここに残る事も危険には違いな
いのである。

「…けど、あのおっさんを殺した奴がいるんなら、こんな広いロビーなん
かにいないで、部屋に鍵をかけて籠る方が良くないか?」
「部屋に鍵をかけてた亜衣子もいなくなったでしょ…。必ずしもここでは
安全とは言えないわ。」

 私はそう言うと、大きな窓の外を覗きこんでいるぼうずの男を見る。
彼はどう思っているだろう?

 するとぼうずの男はこちらを振り向き、何かを考えながらやってきた。

 

「…考えていたんだがね。もしも、あの男が何者かに殺害されたのだとし
て…犯人はこのロッジにまだ潜伏しているはずなんだ。この吹雪の中を外
へ逃げるのは自殺行為だからね。となると、残った人物で君たちのグルー
プはゲレンデにいたのだから、怪しいのは私と吉井さんの二名…しかも、
吉井さんは車でこのロッジを出た後だ。つまり、一番疑わしげな人物は…
何かが起きた時…このロッジ内にいた、この私という事になるな。」

 なんとも和やかな雰囲気で、ぼうずの男は言ってのけた…。

「…だってそうなるだろう?」
「……まあ、とりあえず何か危険な物持ってないか調べさせてもらう。」

 コジの言葉にぼうずの男は頷くと、両手を上にあげた。
黒い防寒着のポケットを探り、中の持ち物を全部ロビーのテーブルへと出
した。ポケットに入っていたのは、いくつかのおもちゃと、お菓子の数々
…それと、スポーツ新聞のすけべ記事の載ったページが四つ折りになって
しまわれていた…。

「…小説書いてるんだよ。参考までにと…。」

 ミッキーは、すけべ記事を元の四つ折りに畳んでぼうずの男に返しなが
ら言った。

「……大丈夫なんじゃない?大体自分から怪しいって言う人が犯人とは
思えないし…ねえ?」
「どうも…。」
「それより…おっさん、トイレにいたんだろ?何か物音を聞かなかったの
か?」
 コジの問いにぼうずの男は腕を組んで考える。

「うーん、とにかくトイレに行ってみよう。もう一度中を見てみたい。」

 何故この男が一人だけロッジの中にいて無事だったのか?
それは彼がいたというトイレに何か理由があるのかもしれない。


 ひっそりと静まり返るロッジの中を、私たちは全員でトイレに向かった。


(続く…)