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灰色のシュプール 4

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  売店の女性が持ち込んだ情報は、混乱の私たちにさらに追い打ちをかけ
るものになった。

 女性が言うには、ここから数百メートル降りた道路を完全に雪が塞いで
いるという事だ。車どころか人でもその山を越えるのは難しいらしく、た
とえそれを越えたとしても、二十キロ近くこの吹雪の中を下山するのは自
殺行為である。

 その雪崩のあった場所は、おそらく私たちがここへ来る時にバスの中で
見た、岩がむき出しの崖であるらしい…。たしかに、私が見たあの崖は、
いつ雪崩が起きてもおかしくない状況であった。昼間の強い日差しのため
に、雪が溶けたのだろうか?

「…まず雪崩を取り除いてもらわなきゃならないから、ふもとへ電話しな
きゃ…。」

 慌ててロビーの事務室へと早足で歩きだす売店の女性を追いかけて、私
たちも後に続く。

「あ、あの、怪我人がいるんです!」
「怪我?ひどいの…?」
「電気が切れたときに、リフトから落ちたんです。肘を打ったみたいなん
ですが…たぶん折れてるんじゃないかって。」

 私は早足の女性を追いかけながら言うと、売店の女性は立ち止まった。

「そう、じゃ先にそっちを見るわ。どこにいるの?」
「ロビーの長椅子です!」
「あの…バスは?」

 ぼうず男の言葉を無視して私たちは急いだ。

 

 狭くて暗い通路を抜け、私たちは広いロビーに戻ってくると売店の女性
はさっそく健吾の所へ向かい、肘の具合を見て言った。

「あらら、折れてるみたいね。ちょっとそこのあなた、あそこの新聞取っ
てきてくれない?」

 言われた通りにミッキーは、近くの新聞や本が置いてある場所から取っ
てきて売店の女性に手渡した。女性は新聞紙を真っ二つに切ると、棒状に
折り曲げて健吾の肘にあてがう…。そしてポケットからハンカチを取り出
して健吾の肘を固定するようにきつく縛った。
健吾は一度だけ大きなうめき声をあげたが、肘を固定してからは痛みは
和らいだようだ。

「新聞紙って意外と硬いの。骨が折れた時に添え木代わりに役に立つの
よ?」
「…新聞をそんな風に使ってはいかん…。」

 ぼうずの男はぼそりと言ったが、誰も聞いてはいなかった。

「肩から下げるのにもう少し布がいるわね。誰かハンカチもう一つない?」
「私あります。でも、上手なものですね、お医者さんか何かですか?」

 ミッキーが感心して言うと、縛り終えた女性はこちらを振り向いて言っ
た。彼女は私よりも一回りくらい大柄で、歳の頃は三十くらいに見えた。
ショートの髪型がよく似合っている。

「ああ、私ね二十代の頃スキー場でインストラクターみたいなことやって
たのよ。よく骨を折る客がいたから、応急処置くらいは出来るようになっ
たの。あとは事務室に痛み止めの薬があるはずだから、それを飲めば少し
は痛みも消えるはずだわ。」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、急いで電話しないとね。ええと、私は吉井です。」
「あの…吉井さん、バスは…?」

 健吾とぼうずの男をロビーの長椅子に残し、私たちは医務室へと急いだ。

 

「…どうも。」

 広いロビーに残されたぼうずの男は、無言で椅子に座る健吾に言った。
健吾は頭を少しだけ縦に動かして挨拶した。

「具合は…どうですか?」
「…痛いっスね…。」

 長椅子に深々と座る健吾は、スキーウェアのボタンを外していて、黒く
恐ろしい髑髏の柄のシャツが見えている。

「…良いシャツだ。」

 何度もうなずくように、ぼうずの男は言った。

 

「おかしいわね…何度かけても繋がらないわ。」

 事務室の電話を切ると、吉井さんは部屋の奥のロッジ従業員用の休憩室
を覗きこむ。もちろんどこも電気らしきものはついていなかった。
電気ヒーターの傍にあるテーブルには、食べかけのスナック菓子があり、
お茶の入ったコップはまだ暖かかった。

 吉井さんが言うには、数は少ないが従業員が一人もいなくなるという事
はありえないという事だった。
今日のシフトも、医務室に一人、事務室に一人。レストランの調理人に、
バイトの子も含めれば、十人ほどがいるはずなのだそうだ。

「だめ、携帯も繋がらないわ…吹雪のせいかな?」

 ミッキーとコジが自分の携帯を使って電話をかけてみるが、やはりどこ
にも繋がることはなかった。

「山の上って、携帯が圏外ってなる事多いじゃん?」
「でも、電話なら線が切れてない限り繋がらないって事もないはず…それ
にね、呼び出しはしてるのよ…切れてる訳じゃないの。どうなってるのか
しら…」

 吉井さんはそう言って受話器を置いた。
私も自分の家に電話をかけてみると、たしかにプルルという呼び出しの音
は鳴っている。

 少し気になるのは、呼び出しの音にまじって何かザーザーという雑音が
混じっている気がしたが、一体何の音だろう?

「それに、ブレーカーは落ちてないわ。なのに電気が消えたってことは、
外の配線が切れたってことなの…?」
「あ、それなら私たち見ました。外の電線がバチバチいって切れたんで
す。」
「…そうなの。こんな時にみんなどこに行ったっていうの!?」

 このロッジの従業員である吉井さんの言葉は、私たちをさらに不安にさ
せた。

 

 

 

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 ロビーに戻ると、辺りはすっかり暗さを増していて、明かりと言えば私
たちの持っている携帯くらいである。
私たちは長椅子に座り、意見を出し合った。と言っても、その時の私たち
は誰もがパ二ック状態であった。

「電気も消えて外は猛吹雪…おまけに雪崩で下山する事も出来ない。あと
なんかある?」
「…人が消えた。どこいったっていうんだ?」

 ミッキーの言葉に、コジが付け足す。

「もうひとつあるわ…電気が消えて、どんどん寒くなってきてる。」

 私はウェアのジッパーをしめながら言った。ここの暖房はおそらく電気
でまかなわれていたはず…。今ここで私たちがとれる暖は、自動販売機の
暖かい飲み物だけである。

 吉井さんはロビーの大きな窓から、外の猛吹雪を眺めながら言った。

「外と連絡が取れないんじゃ、ここで待つしかないわ。ストーブなら奥の
倉庫にあるけど…石油を取りに外に出ないとならないの。」
「…バスの連中がここへ救助をよこすとかはないかな?」

「この時期はこんな吹雪がよくあるの。バスが運行しないことはよくある
事なのよ。万が一の場合、バスが動かない時はロッジのジープで下山する
ことになってるんです。でも…あの雪崩じゃあ…」

 ぼうずの男に吉井さんは答えて話す。
男はポケットに両手をつっこみ、うなずきながら外の吹雪を覗きこんだ。

「…完全に僕たちは遭難したってことか…!」

 床を蹴りつけながら、コジも窓の外の止むことのない猛吹雪を見つめた。

 吹雪や雪崩は自然現象なのだからしかたない事だとしても、私にはどう
しても分からないのが、ロッジの人々が消えたことである。
最後までゲレンデにいた私たちと、帰るために車で下へ向かった吉井さん。
それ以外このロッジに残っていた十数人が、そっくりと消えてしまった。
電気が切れ、私たちが戻る僅かな間にいったい何が起こったというのか?

 ふと、自動販売機で飲み物を買っているぼうずの男の姿が私の目に飛び
こんできた。彼はコーンポタージュの缶を、上からポンポンと叩いてつぶ
の残りを食べようとしている…。

 私はみんなと少し離れたところにある椅子に座ってその男を見ていた。
そういえば、彼はこのロッジの中にいたのだ。
何かあやしい物音や、悲鳴のようなものを聞いてはいないだろうか?

「ん?どうかしたかな?」

 しばらくぼんやりと彼を眺めていた私に、ぼうずの男は気ずいて言った。

「ああ、あの…そんな薄着で寒くないのかな…って。」
「ま、この辺りの者だからね、寒さには慣れてるんだよ。それより…」

 今度は彼の方が、私の方を黙ってじろじろと見つめている。

「…こんなに暗いとこでサングラスじゃあ、あぶないんじゃないかね?」
「慣れてるから…今日は日差しが強かったし、特にバスの中は眩しかっ
たから…」

 見つめられて、私はなんだかおかしな回答をしてしまった。

「たしかに、バスに乗ってる時は日差し強かったなぁ。おまけに道は急な
カーブばかりだ。すっかり気持ち悪くなったよ。」
「そうですね、私の友達もバスに酔っちゃって……」

 そう言って、私は忘れていた重大な事を思い出した。

「…大変!亜衣子が二階にいたの忘れてた…!」

 その私の言葉に、みんなは思い出したように顔を見合わせる。
ここに来てすぐに、気分が悪いと二階の私たちの泊まる部屋へとひっこん
だ亜衣子がいたことを…。あまりのパ二ックで、すっかり頭からはずれて
いたのだ。

 私たちは二階への階段へと小走りで向かった。

 
(続く…)