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夜の観覧者 5話

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           5  尾行…そして夜の前 


 10月5日 水曜 夕方…

 夕暮れが近ずく頃、まだ若い刑事の村山涼子は、モラヴィア館近くの大きな
本屋で怪しい二人連れを尾行していた。時刻は五時を回ったところである。

 店内は広く、帰宅時間とあって人もたくさんいたが、例の二人組みはその姿
格好が特異であるため、尾行するのは簡単だった。すでに二時間近く、彼らは
この図書館にいて何かの本を探している。もっとも捜しているのは、ぼうず頭
の男の方だけで、黒ぶち眼鏡の女性の方はもっぱら漫画などを読み漁り笑って
いる…。

 黒い防寒着の男は、広い店内をつむじ風のような勢いで歩き回っていて、何
かの本を熱心に探しているようだった。


”…この二人、一体何やってるの?本当に事件について何か関わりがあるのか
しら?何だかまるで、私が尾行してるのを知っていて、ふざけているみたいだ
わ…。”


 涼子はここまでの二十七年間、刑事になるために人並み以上の努力をしてき
た。大学や試験、学校と厳しい日々を耐えてきたのは、どうしても法を犯す者
たちを許してはおけないという信念があったからだ。

 まだ子供の頃、涼子の目の前で祖母が若者の暴走車にはねられ、亡くなった
のである。好きだったお婆ちゃん、それ以来ルールを破る者が許せないという
思いが強くなった涼子は、迷わず警察官になった。

 もちろん刑事になるには運もあった。
今の上司でもある利根川警部の推薦もあり、若いながら刑事課に配属する事が
出来たのである。


 この一週間に起きた数件の死亡事件を、警部と共に捜査にあたっている涼子
だったが、疑問もあった。

 警部は現在、この街で起きている数件の死亡事件を、一つの連続した殺人
事件であると考えている。捜査本部とは対立した考えで捜査を行っていて、
それも、長年の警部の”勘”によるもので、涼子にはどこか納得できないとこ
ろがあった。


”…四件の事件を同一犯のものとするには、明確な証拠が必要なの。でも…
私は何故かこんなところで、妙な二人組を尾行している…こんな事で証拠が
つかめるの…?”


 などと考えている間、尾行を続けていたぼうず頭の男が何かの本を手に女性
のところへ戻っていく。男はレジでお金を払うと、女性と二人足早に本屋を出
ていった。一体何の本を買っていったのか?

「…すいません。今の人…何の本を買っていったか分かります?」

 涼子はレジの店員に警察手帳を見せながら聞いた。
店員は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに表情を元に戻して答える。

「ええ、分かりますよ。」
「…その本ありますか?」

 店員は涼子の前を歩きながら、その本の場所へと向かう。
向かった先は、歴史や遺跡などの専門コーナーで、店員はその本を一冊手に
取ると、涼子に手渡しながら言った。

「こちらになりますが…。」

 それは何かの遺跡や古代文明の専門書で『ガリア民族とその記録』という
タイトルの本だった。

「…これ一冊いただくわ。」

 歴史などにはまるで疎い方の涼子には、どこの何の本なのかも分からなかっ
たが、店員にお金を払うと、先に店を出た二人組を追いかけるように、涼子は
慌てて本屋を出ていった。

 

 

 

 

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 スーパーで購入した、大量の掃除用具を持ってモラヴィア館へと戻ってきた
夏美と菫は、さっそく部屋の細かい掃除から始めた。

 水回りから始めて、窓ガラスに床の掃除、なんとか暮らせるくらいに綺麗に
なったのはすっかり日も暮れた後だった。

「なんとか生活は出来るくらいには綺麗になったわ。菫さん、ありがと。」

 夏美は掃除用具をかたずけている菫に礼を言った。
彼女はほんとに掃除が上手で、ものの数時間で今晩眠れるくらいに綺麗にして
くれたのである。

「いえ、それほど汚れもなかったし、つい最近まで暮らしてた人が綺麗に使っ
ていたからじゃ…」

 言いかけた菫はそこで言葉をつぐむ…。
何かまずい事でも言ってしまった…というような表情を一瞬だけ菫は見せたの
である。

「…ここに最近まで誰か住んでたのね?そういえば管理人さんも言ってたわ。
今すぐ入れる部屋があるって…どんな人が住んでたの?」
「えっ…どんなって…あの…」

 なんとも話しずらそうな顔をする菫に、夏美は吹き出しながら笑う。
菫は驚いたような表情で夏美を見つめた。

「大丈夫よ。もしかして…この部屋で首を吊ったとか?あるいは床に人型の
白線があるとか…あっ!幽霊が出る、とか?」
「まあ…いえ、そんな事は…ありませんけど、ただ…」

 やはり菫はそれ以上は話を進めたくない事があるようで、夏美はよけいに気
になってしまう。

「ねえ、私その手の話って全然大丈夫なの。これまでもおかしな噂のあるアパ
ートやらマンションには住んだ事もあるし…でもほら、今まで何ともなく過ご
してこれたわ。だから、何でも話してくれて構わないの。」

 夏美のあっけらかんとした言葉に、菫はむしろ言わない方が悪いんじゃない
かと思い始め、ぽつぽつと話し始めた…。

「…あのね、別におかしな噂も怪談もありません、ただ…出て行ったの。この
部屋を…それも住んで二日目に。男の人で、がたいの大きな人でした。」
「出てった?二日で?どうして…」

 いつの間にか暗くなっていた部屋の中には、外の街明かりや車のヘッドライ
トの明かりが映る。何故かこのモラヴィア館のあるこの通りだけ車の通りが少
ない…。

「分かりません…私がロビーでその男の人が出て行く時に聞いたのは『誰かが
見てる!』て言葉だけです…。」

 夏美は暗い部屋の中を見回してから、最後に菫の顔を見つめて言った。

「とりあえず…飲みましょう?」


 まるで菫の言葉にも意に介さないように、にっこりと笑いながらお酒の瓶を
手にテーブルに向かった。

 

 


 尾行を続ける涼子は本屋を出ると、すぐ近くのチェーン店のレストランに入
る二人を見つけた。彼らがこの辺りを動かない事は知っていたので、涼子は先
ほど購入した本を手に、同じくレストランに入っていった。

 二人とかなり離れた席に座ると、涼子はコーヒーを注文して様子を窺う。
彼らはいたってくつろいだ様子で、メニューを見ながら次々と注文している。

 彼らの今日一日の動きと行動を見ていたら、どう考えても涼子には彼らが
遊びに来ているのではないか?としか思えなかった。

”…だってあの娘なんてどう考えたってデート中の顔じゃない?
ほら、運ばれて来た料理、写メで撮って喜んでるし…ほら、角度変えてまた
撮ってる…。”

 おまけにぼうずの男が食べているのは、どこからどう見てもお子様ランチで
ある。自動車の形のトレイにどこかの国の旗が付いていた…。

 どうして警部があの二人に何かを感じたのか…彼らが事件の何かを掴んでい
ると何故そう思えるのか?警部の推理が正しければ、これは恐ろしい連続殺人
事件なのだから…。

 涼子はとりあえず彼らに動きがなさそうなので、購入した本を開いて読み始
めた。

何やら昔の民族がどうとか遺跡がどうとかいう事が書かれていて、歴史には
まるで興味のなかった涼子にはチンプンカンプンだったが、ある章の文面を見
て、急に眼の色を変える。

 そこにはガリアという古代民族について書かれてあった。

『…紀元前4世紀ごろヨーロッパ一帯に存在したケルト文化の中でも、特に
好戦的な部族がガリア人と呼ばれる民である。彼らはしばしば、敵や生贄の
首をはねるという「首狩り」を行っていたという、冷酷で血なまぐさい側面
を持っていたと言われている…』


 涼子はその部分を読んである事に気が付き、慌てて警部に連絡を取った。

 


「おいしいかい?」

 ぼうず頭の博士に答える秘書の早紀は、口いっぱい頬張り喋れない代わりに
ホークとナイフを手に、腰を浮かして歓びを表現している。

「あ、そう。まあ、ファミリーレストランだけどね。」

 秘書は、とろけるチーズ入りハンバーグを幸せそうに口に詰め込んでいく。
ゆっくり食事をしている秘書の姿を、肩ひじつきながら見ている博士は、あら
かた食べ終えた頃、ぽつりと話を始めた。

「明日辺り、あのモラヴィア館に部屋を借りようと思うんだが…もちろんあそ
こには危険な事も…」

 デザートを食べながら秘書は片方の手でOKサインを出して笑う。
博士は頷きながら店内の奥を眺めると、隅のテーブルに、あの若い女性刑事が
座っていて、今は携帯で話をしているようだった。

「…そろそろ行こうか?」

 博士はデザートを食べ終え、口をハンカチで拭いている秘書に言うと、静か
に席を立ちお金を払いレストランを出ていった。

 

『…つまり彼らは君が尾行している事を知ってて、その本を購入して見せた訳
だな?』
「はい…たぶんそうでしょう。」

 警部に携帯で連絡を入れた涼子は、あの妙な連中が事件について何かを知っ
ているのではないか?という事を、あの本の内容によって理解した。もちろん
彼らが何者で、何のためにそれを伝えようとしているのかも、まだ分からない
が…。

「この本には、その民族が首狩り族だという他にも、ラ・テーヌ遺跡やモラ
ヴィアという言葉も出てくるんです。警部、どう思います?」

『…たしか連中は、モラヴィア館の近くに泊っていると言っていたな?連中の
目的は知らんが、おそらくモラヴィア館に関わる何かにその理由がある筈だ。
おまけに首狩り族だと?となると、彼らは伏せてある事件の詳細を、どの程度
かしらんが知っている事になるな。』
「ええ…そうなりますよね…。」


 …そこが今回の重要なところだった。
現在、この一週間の間に板橋区で起きている死亡事件が三件。いずれも未解決
で犯人は捕まっていない。もちろん、その全てが殺人であるかは今だ分かって
はいないが…。

 一つは、廃工場で見つかった首なし死体である。三件の事件の中では最も古
く、死後七日は経過していた。

 二つめは、公園のトイレで見つかった首つり死体。これは一番事件性に乏し
く、最も自殺の線で捜査が進んでいる事件である。

 三つめは、夜の繁華街で何者かが通行人の喉を切りつけた通り魔殺人。通行
人はその場で亡くなっている…。


 …と、この三件の事件の詳細は、マスコミや新聞等、関係者以外には公表さ
れていない情報である。

 そして、これまた公表されていない情報に、事件の影に常に姿を見せている
という謎の美女…という存在がある。あの二人は、この情報も何か掴んでいる
のであろうか?

 

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「…あの二人、報道関係か新聞記者の者でしょうか?」
『いや、長年この仕事をやっているが、あんな連中は見た事がない。それに、
何というか…連中からはそういう貪欲さを感じない。匂いというか…むしろ、
我々に何かを伝えようとしているのかもしれん…。』

「…匂い、ですか……あれ?」
『どうした?』

 何気に二人の様子を見ようとした涼子は、ほんの数秒目を離していた隙に、
この店を出て行ったのかテーブルには二人の姿はなかった…。

「あの二人、目を離した隙に帰ったようです。」
『…そうか、よし、君は彼らから目を離すな?私はもう一度事件現場を調べて
みる。私の推測では、まだ何か起こるぞ…?いいか、気を抜かず連中を見張る
んだ、いいな?』

 

「あっ…警部。」
『……何だ?』

 その時、涼子は何故だか胸騒ぎのようなものを感じて警部に声をかけた。
だが、かける言葉が出てこず若い彼女は声を引っこめてしまった。

「…いえ、では警部も気をつけて。」
『ああ、君もな。そうだ、今度上等なうな重を食べさせてくれるとこに連れて
いこう。知り合いでな、上手いぞ?では切るぞ…』

 涼子が何かを言おうとした瞬間、警部は携帯の通話を切った。


 この時の、涼子の胸騒ぎのような奇妙な気分が、警部の言う”勘や予感”め
いたものだという事を、この時の涼子は知らなかったのである。


(続く…)