ザ・怪奇ブログ

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灰色のシュプール 2

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 バスから見た天候とうって変わり外は強い日差しが戻ってきて、私と
ミッキーはロッジの入口で外から入る眩しい光に目を細めた。
気温はもちろん寒いのではあるが、強烈な太陽の光が暖かかった。

 この双子岳スキー場は、Y字型に別れたゲレンデになっていて、片方
が急な斜面になっており上級者が好んで滑っている。もう片方は比較的
なだらかなコースになっていた。私とミッキーは、なだらかなコース
のリフトへ乗る事にした。

 私は自分の頭にゴーグルがついてない事に気がついて、ロッジの方へ
と戻る。

「…ごめんミッキー、先に行ってて?ゴーグルさっきの場所に忘れてき
たみたい。」
「ああ、じゃあ先に一本滑ってくるね!」

 ミッキーは大きな髑髏マークの描かれたボードを持って、長い金髪を
揺らしながらリフトの方へと駆けだしていった。


 外からロッジの中に戻ると、日差しが眩しかったせいか薄暗く感じら
れたが、私はすぐに慣れて先ほどミッキーと話していたロビーへと戻っ
た。というのも、普段いつも色の濃いサングラスをかけているから、目
が薄暗い場所に慣れているのだろう。

 娯楽施設の横にあるガチャガチャの所まで来て、テーブルに置いてあ
る私のゴーグルを見つけると、私は手を伸ばして取ろうとした。
その時、先ほど見かけた髪を一本で縛った少女が私にぶつかってきた。

「きゃ…!と、大丈夫?」

 少女は床に尻もちをついただけだったが、すぐに立ち上がるとキョロキ
ョロと辺りを捜し始めた。

「…どうかした?何か落としたの?」

 私は彼女に声をかけると、半分泣き声で少女は言った。

「百円玉…落としたの…!」

 きっとガチャガチャをするために戻ってきたのだろう…泣き顔で、あ
る箱の中を横から覗きこんでいる。

 私はポケットから小銭を取り出すと、少女が覗きこんでいる箱に百円玉
を入れて言った。

「ほら、回してごらん?」
「…いいの?」

 少女は私の方をまじまじと見つめて言った。
とっても可愛らしい女の子だが、私には何故か瞳の中の何かが気になっ
た。こんな目をした少女を、私はどこかで見たような気がして…胸の中
がざわざわとしたのだ。

「ええ、ぶつかっちゃってごめんね?」

 少女はガチャガチャを回して、出てきたカプセルを手にして喜んで私
を振り返った。少女の手には、綺麗な模様のスーパーボールが握られて
いる。

「ありがとう、おねいちゃん!」

 そう言うと少女は二階へ上がる階段の方向へと駆けて行く。
その時、二階への階段から中年の男が降りてきた。男は少女と階段で出
くわすと立ち止まってこちらを見つめた。

 私にはその男の顔に見覚えがあった。
ここに来る途中、バスの中で見た大きな旅行カバンを持った男だ。
その男の頬には深いしわと、切り傷のような跡があり、その目は何か
ひどく怯えたような光が宿っているように見えた。

 彼は私から視線を外すと、ロビーの奥へと足早に消えた。
少女は階段で私を一度だけ振り返り、二階へと駆けあがっていった。

 

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 私はその二人に奇妙な感覚を感じながらも、自分のゴーグルを手に
ロビーの入口を振り返った。

 ゲレンデが一望できる大きな窓ガラスのあるロビーに、数人のスキー
客がくつろいでいる。人数にして四・五人というところか?

 それと、ジャンクフード売り場には一人、女性の従業員がいた。
背の高い大きな女性で、一人で調理を行っているようだった。もっとも
、それほど客が多い訳でもないのだが。半分ほど店じまいしてはいたが
ホットドックの暖めた良い匂いがロビーに漂っている。

 

 もう一人、ウェアも着ないでテーブルで食事をしている男がいた。
こちらもまたバスの中で見た、黒い防寒着の男である。彼はカツカレー
のような物を一人、楽しそうに食べていた。コップの水を一口飲んでは、
水の底を覗きこんでいる。彼はとても幸せそうにカレーを完食して、水
もいっきに飲み干した。

 私はスキー板を手に、彼の食事風景をただぼんやりと眺めていた。

 

 

 

 十数年ぶりに滑るスキーは少しぎこちなかったが、辺り一面の銀世界
と、眼下に広がる麓の街が雪に覆われた美しい景色に、私の気分は浮き
たつようだった。

 スピードは遅かったが、人気の少ない雪のゲレンデにシュプールを描
きながら、私は緩やかな斜面をぐんぐんと滑る楽しさに夢中になる。

「…おっ先に!香菜!」

 ミッキーがスノーボードで私の横を追い越していった。
だが、追いぬいた瞬間に横に転倒して、潰れたカエルのようなかっこう
で回転しながら滑り落ちて行く。

 私はそれを横目で見ながら大笑いしてしまい、こちらもバランスを崩
して転倒してしまう。私たちは同じようなかっこうで十メートルほど下
へと並んで滑り落ちた。

 二人はしばらくゲレンデに大の字になって笑った。
嘘のような強い日差しがゴーグル越しにも飛び込んでくるのが気持ち良
かった。

「ああ、楽しいね!このスキー場で正解だったわ!」
「そうね。ほら、景色もすごく綺麗。ここってもうほとんど山の上だよ
ね。」

 見ると、横のコースを凄いスピードで滑る健吾が通り過ぎる。
彼のボードテク二ックはプロ並みだった。それに遅れて後からコジが
追いかけるように通り過ぎていった。

 私たちは雪の上に横になりながら、彼らが通り過ぎるのを見ていた。

「健吾、ほんと凄いよね。コジはまあ…やってますっていうだけよね。
ま、私もそうなんだけどさ。」
「…あのさ、ミッキー。」

 私が真剣な眼差しで言いかけると、ミッキーは半身を起して言葉を
待った。

「…ありがとう。私、ここに来て良かった。」

 素直な気持ちで、私はミッキーに言った。
正直ここへ来る前の私は、パンク寸前だったのである。最後の最後まで
迷惑をかけて亡くなった父親…。

 そして毎日顔を突き合わせる母とは、常に喧嘩が絶えなかった。

 

「そう…?なら、嬉しいけどさ!」

 彼女は少しだけ頬を赤らめて、また雪の上にバッタリと倒れ込んで
両腕を伸ばした。


「あら?あれ何かしら…。」

 ふと、眼下に見える景色の中に、きらきらと光るものが見えた。
それはちょうどロッジに到着する少し前に見た、雪がたくさん溜まった
切り立った岩肌のある辺りである。

「…なんか太陽の光に反射してんじゃない?今日さ、日差し強いし。」

 ミッキーもそれを見て言った。

 光る物が見える場所は、ここからかなり距離がある。
それでもあんなに強烈に光輝くものとは…一体なんであろう?

「ダイヤの原石とかだったら取りにいくんだけどね!」

 ミッキーがまた半身を起して言った。彼女の金髪は艶も良く美しい。

「…磨かなきゃ原石だって光ることはないわ。自然の物はあんなに光っ
たりするかしら…?」

 私たちはそれからもしばらく、きらきらと光るものを太陽が雲に隠れ
るまで眺めていた。

 

 

 

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 それから僅かな間に、急に空は雲に覆われてきた。
私とミッキーはゆっくりと下に降り始め、一度ロッジへと戻る事にした
のだ。山の天候は変わりやすい。

 時間は十五時を過ぎていて、じきに辺りは暗くなるはずだった。
その頃にはゲレンデにいるのは私たち四人くらいで、その他にも滑って
いた人たちは曇り始めるとすぐにロッジに戻っていた。

「お腹減ったねー。香菜、夕飯何食べようか?」

 止まるようなスピードで下へと降りる私たち二人は、夕飯は何にしよう
かと考えながらロッジの近くへと戻ってきた。

 

「ああ、あの子たちまだ滑る気だわ。限度がないわね…。」

 見ると、そろそろ吹雪いてきたゲレンデをリフトに乗って上に向かう
コジと健吾の姿が見えた。

「まったく、あきれちゃうよね?香菜、ロッジの中戻ろ?」
「うん…あ、でもー」

 と、私はリフトの方を振り返った瞬間、バチッ!という激しい音とと
もに、ゲレンデについていた照明が消え、リフトがガクンと止まった。
その衝撃で、リフトに乗っていた二人は五メートルほど下のゲレンデ
に転落してしまったのだ。

「ちょ…大変…!」

 ミッキーは大きな声を出して二人が落ちた所へと駆けだした。
もちろん私もその後に続いて、走り難い雪の上を急いで追いかける。
男の子たち二人の傍へとやってくると、コジは平気であったが、健吾が
ヒジの辺りを押さえてうずくまっていた。

「ちょっと、大丈夫!?」
「…俺は大丈夫だけど、健吾が腕を痛めたみたいだ。」
「急いでロッジに戻りましょ!立てる?」

 健吾はうめき声を出しながらも、自力で起き上がった。

「…なんとか、でも折れてんじゃないかな?」

 コジの肩を借りながら吹雪の中、ロッジへと向かう。私は男の子たち
のボードを拾ってその後を追う…

 ほんの数メートル先も見えないほど、吹雪は勢いを増してきている。
と、そこへ今度は戻ろうとしている先の、ロッジの電気がパパッと消
えてしまったのだ。

「ちょっと!何なの…どうなってんのよ!?」

 吹雪の中、ミッキーが叫んだ。
今ので、ロッジというか、スキー場全体の明かりが消えたことになる。
そして、吹雪が全てを包み隠してしまったのだ…。

 私は四人の一番後ろから、電気が消えたロッジを静かに見つめた。
先ほどのまでの気持ちの良いお天気とは一転して、この凄まじい吹雪が
悪魔のように牙をむいて、私たちに襲いかかってきたように見えた。


 だけど、私には何故だか、この悪魔のような吹雪よりもずっと奇怪で
恐ろしい出来事が、この先のロッジで待ち構えているような予感がした
のである…。


(続く…)